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2010-08-20(Fri)

二つの故郷-いつか帰るところ 5

リンドブルム国内の主要都市を結ぶ乗り物。それがエアキャブである。

リンドブルムの巨大城を起点に、工場区、商業区、劇場街を結ぶ機械の乗り物。リンドブルムとアレクサンドリアの国境を跨ぐ鉄馬車「ベルクメア」がつい最近まで霧機関であったのに対し、このエアキャブは発足当初からその動力源を自家発電としていた。しかし技術の進歩にその改良が追いつかず、エアキャブの出す騒音はかなりのものがあった。



エアキャブの動力が起こしている不快なはずの騒音も、この時のガーネットには気にならなかった。

――今のジタンが行くところ…。それはきっと、あの場所。

他に乗客のいないその乗り物の中で、ガーネットはそう呟いた。

ガーネットが乗っているエアキャブがホームに滑り込み、排気の大きな音と共に扉が開いた。エアキャブを降り、地上へと続く長い階段を一気に駆け上がると、駅前の広場でエサを啄ばんでいた鳩が一斉に飛び立った。鳩にエサを与える事を愉しみにしている老婆に睨まれながら、ガーネットはその老婆の前を走り抜け目指す場所へと急いだ。いつもなら、丁寧にお辞儀をして老婆に詫びたであろうガーネットも、この時ばかりは目的地に急ぐ事だけに気を取られていた。

階段を駆け下り石畳の道を走ると、大きな時計が目印の自称「ラッキーカラー商会」の建物がある。それがガーネットの目指す場所だった。



本来なら誰もいない筈のその建物の前に立ち、ガーネットは呼吸を整えると大きな扉をそっと押した。

――開いている…。

そこはタンタラスのアジト。ガーネット達と共にリンドブルムに帰国したバクーとブランクは、仲間達と公演の予定地へ出かけてしまい留守だった。あるじ不在のこの建物の扉の鍵を持つタンタラス以外の者といえば、それはジタンだけ。

ガーネットはなるべく音を立てないように、2階へ、そして更にその上の小部屋へと歩いて行った。以前、バクーに案内されたその小部屋の戸は少しだけ開いていて、その隙間から見えるのは男性のものらしい足。力無く、床に投げ出されたその足が身に付けている靴には見覚えがあった。

ガーネットは小部屋の戸をゆっくりと開いた。

ジタンが拾われた時に身に付けていた服や装飾品を入れた箱。その箱に寄りかかり、足を投げ出した格好でジタンは、いた。

「心配したのよ…」

ガーネットが声を掛けると、ジタンはゆっくりとガーネットの方に振り向いた。

しかしいつもの生気は微塵も見られず、その瞳の輝きは失われていた。そして虚ろな視線はガーネットを通り過ぎ、すぐに元の空間に戻ってしまった。

ガーネットは何も言わずにジタンの横に座った。その床下からは時計を動かす為の機械の音が絶え間なく響いている。

ただ黙って、規則的なその音を聞いているとジタンが口を開いた。

「バクーに拾われて…」

「え?」

「オレ、ガイアの種族の…今までに知られているどの種族でもないからって、好奇の目で見られたり、いじめられたりしたんだぜ」

突然、子供の頃の話を始めたジタンにガーネットは戸惑った。だが、同時に嬉しくもあった。ジタンが自らの事を話すのは珍しいことだったから。

「いつだったか、ケンカしてボロボロになって帰ってきたオレに、ボスはこの部屋を見せてくれた。暗くてホコリだらけで時計の機械音がうるさくて…」

そこまで言って、ジタンはその部屋の小窓を見つめた。それは美しい海を一望できるあの小窓。

「でもあの窓からの景色を見せられた時、オレの胸がドキっとして…それから胸の中が熱くなって…、涙が出た。ボスのヤツ、窓から見える海の美しさをキザったらしい台詞回しで語ったあと、この景色が自分の手柄みたいに『どうだ、すごいだろ』って言ったんだ」

以前、ガーネットもバクーから同じセリフを聞いていた。目が眩みそうなほど美しい景観に、ガーネットもその胸を熱くしたことを思い出す。

「その時、いじめられていじけてる自分がバカらしくなったんだ。オレはオレ…って思えるようになった。それから、涙でこの景色が見えないのが悔しいって思った。涙は見えるはずのものをぼかして歪めてしまうものだって、思った」

そこまで言って、ジタンは深い溜息をついた。そして再び俯くと、また黙り込んでしまった。



傾いた陽光が部屋の隅をオレンジ色に照らした時、ジタンが再び口を開いた。

「…ごめん……」

「えっ?」

「オレ、テラに帰りたかったんだ」

ジタンからの予期せぬ言葉にガーネットは驚いた。

「どういう…意味…?」

あまりの衝撃に、ガーネットの頭の中は真っ白になってしまう。しかしそんなガーネットに気遣う様子もなく、ジタンは話を続けた。

「オレの故郷はテラだ。もう、10年以上前の、あの蒼い光の記憶が…、オレの中から消えてくれない」

ガーネットはジタンの言葉を聞きながら、不安を感じていた。ジタンは何を言おうとしているのか。ガイアから…、ガーネットの前から消えてしまうことさえ、望んでいるのか…と。

「あの戦いの中でテラに行った時、オレはガーランドから突き付けられた真実に戸惑う余りに己を見失った」

それはジタンが独りで行動し、洗脳室でビビとエーコに見つけられるまでの間に起こった「何か」のことを言っているようだった。ジタンはあの時のことをガーネットにさえ、詳しく話していなかった。

「あの時…、感じた。みんなに助けられて、今まで忘れていたけど…、確かに感じたんだ」

「感じたって…、何を?」

「オレの中にある、ガイアを滅ぼす使命感ってヤツ…」

洗脳室で、ガイアの人々を害するクジャを阻止しようとする強い想いと、自分がクジャの代わりにガイアを滅ぼそうとしている幻想とが繰り返しジタンの頭の中でぶつかった。そして次第に後者の力が大きくなり、自分が守りたいと思い守ろうとしたガイアの、本当の敵は自分であったという衝撃に、ジタンは何も考えられなくなっていった。

しかし、それこそがガーランドの狙いであった。ジタンの洗脳に対抗する意志の強さに、ガーランドはジタンをただの器にしてしまうのが惜しくなった。そして空虚になったジタンの心に本来の使命…ガイアをテラの民の為に一掃する使命を植え付けることにした。自分ではどうすることもできない本能の領域である深層心理に、ガーランドは残酷な使命を植え付けたのだ。

「ビビとエーコに声を掛けられて、みんなに助けられて…、本当に最近まで忘れていたんだ。でも…、シドのおっさんにテラの調査を命じられた時に、胸のあたりにもやもやとしたイヤな感じを覚えたんだ。それから…、気が付くとあの蒼い光を探している自分がいたんだ」

「…それで…、テラに帰りたいって思ったの?」

ガーネットのその問いに、ジタンは少し困ったような顔をした。

「帰りたいっていうより…、帰らなくちゃいけないって、思った」

「帰らなくちゃ…いけない…?」

「うん。帰って、あの蒼い光と向き合わないと…、オレ自身が前に進めないっていうか、成長できないって感じてさ」

蒼い光を見つめ、自身の中に残るガイアを滅ぼしたいと望む気持ちを打ち消したい…、そう思っていた。そしてもし、その恐ろしい想いが消せなかった時は…。ジタンはそこまで考え、思いつめていた。それは今回の調査が決まってから、ずっと。

「でも、それはもう、いいんだ」

スッキリした表情でジタンが言った。

「もう、いい…?」

「ああ。オレは蒼い光と向き合わなくても、ガイアを滅ぼしたいっていう感情を忘れられるって、気が付いたから」

ジタンの言葉にガーネットが不思議そうな表情を見せた。そんなガーネットに、ジタンは優しく微笑んで言った。

「ミコトにさ、言われたんだ。オレに何かあったら哀しむ女性ひとがいるって。イーファから生還するまで、その女性がどんな思いをしたか、解かっているだろうってさ」

「ミコトが…?」

「うん。そう言われて、ガーネットのことを想ったら…、あのもやもやした感じが消えていったんだ。ガーネットを…、ガーネットがいるこの星を守りたいって、心の底からそう思えて…」

しかし、そこまで言った時、ジタンの表情が俄かに曇った。

「ジタン?」

「…そんなオレの弱さの犠牲になったんだよな…」

「ジェノムのこと?」

「ああ。オレがミコトに、不用意に調査の助手を頼んだから、たまたま傍にいたアイツも同調して…」

そして調査の話を聞いた他のジェノムも何人かが同行することになった。

「テラに行かれる保障も無いのに、オレは無責任にもアイツらを連れ出して…。きっと心のどこかで期待していたんだと思う。アイツらと一緒にテラに行けば、ガイアを滅ぼしたいっていう感情に支配されてしまいそうなオレを救う手段を見つけてくれる…って」

次々と想いの内を語るジタンを見つめ、ガーネットは思った。

――この人の中で、ガーランドに植え付けられてしまった苦しいまでの想いは消えていないのではないだろうか…と。

ガーネットを安心させる為に、ガーネットを守りたいという思いが自分の中の苦しい欲望を忘れさせた、と、ジタンは言ったのではないだろうか。そして真実は、今もその苦しい使命感と戦い続けているのではないだろうか。だからこそ、今回の調査での事故の全てを自分の所為にし、自身を責め続けることによって恐ろしい欲望を封印しようともがいているのではないだろうか。

事故を防げなかったのはジタンだけの所為では無い。調査船に乗り込んでいた全ての者にその責任はあるのだし、調査団を結成したシドにだってその責任はあるのだ。



「…ジタン、自分の気持ちを…無理に整理しなくていいのよ。人は矛盾だらけの生き物なの。誰もが自分の中にいろいろな感情を持っているわ。今言ったことと、まるで正反対の事を次の瞬間には思い浮かべていたり…。でもそれが人なの。完璧な人なんて、いないのよ」

ジタンは驚いたような表情をして、ガーネットを見つめた。

「…もし、あなたがガイアを滅ぼしてしまいたいっていう気持ちを捨てられないで苦しんでいるのなら…、その苦しみを私に分けて。あなた独りで苦しまないで」

「分けるって…」

「私に話してくれるだけでもいいの。あなたの苦しい気持ちを、私が知っていてあげる。どうしてもテラの蒼い光が必要なら、今度は私も一緒に行くわ。あなたの苦しみも哀しみも、私が半分貰うの。ね、ジタン?」

そう言って、ガーネットはその白くしなやかな腕をジタンの頭に回した。優しく引き寄せ、ジタンの頭を自分の胸に抱きとめた。

母親が傷ついた我が子にするように…、ただ黙って、暫くの間、そうしていた。



ガーネットは思った。ジタンがテラに帰りたかったのは、泣き場所を求めての事だったのではないだろうか、と。

人は誰でも辛い事、悲しい事から逃れる手段の一つとして涙を流す。負の感情が涙と共に体内から浄化される事を本能のうちに知っているから。

バクーにこの部屋を見せてもらった時、ガーネットはジタンの泣く場所がこの部屋なのだろうと思っていた。しかし、今はそれが間違いであったと断言できる。この部屋で、ジタンは『泣く事は真実を歪めてしまうもの』だと思ってしまったのだ。故にジタンの泣く場所はこの地には存在しなかったのだ。この部屋からの美しい景色を見て以来、涙を悪しきものと捉え、泣きたい感情を自分の胸に仕舞い込み抑え続けてきたのだろうから。

だからこそ、抽象的な記憶の中の蒼い光をジタンは求めたのだ。これ以上歪む事の無い蒼い記憶の故郷、それはジタンが心から泣く事ができるふるさと、心の中の最後の支えだったのだ。



ガイアを…愛しい人たちをその手で滅ぼしてしまうかもしれないという恐怖に追い詰められた時、ジタンは、漸く泣き場所を求めたのだ。心の底から泣ける故郷に、帰りたいと望んだのだ。

そして更に、ジェノムの死とテラへの通路が閉ざされた事。

この二つの事実を突きつけられ、精神的な限界を覚えた自己防衛の本能がジタンの素直な感情を、たった一人、心を許せるガーネットに曝け出す事を命じたのだ。



ジタンはその内面を知られる事を極端に嫌う。それは自分が捨てられた子だという引け目を他人に悟られたくないからだと思っていた。確かにそれもあるだろう。でも本当は、全て曝け出せる「泣き場所」を捜し求めている自分を、誰にも知られたくなかったからなのかもしれない。

――ジタンに訊いても、きっと応えてはくれないわね。ううん、きっとジタン本人も気付いていないのでしょうから、訊いたりしたら、せっかく開きかけた心をまた閉ざしてしまうかもしれない…。






いつの間にかジタンは眠っていた。

安らぎを得た子供がその心を解放したかのように、気持ち良さそうな寝息が聞こえている。

――あら、これを誰かに見られたら大変だわ。

ふと気が付いて、ガーネットはハンカチを取り出すとジタンの頬を伝う涙をそっと拭った。

外は日暮れて、いつのまにかこの部屋にも闇が忍び込んでいた。

今ごろ、リンドブルム城では皆が必死になってジタンとガーネットを探しているだろう。

――朝になったら戻りますから。それまで、心配なさらないでね、伯父様…。

ガーネットは心の中でそう呟いた。

しかし、シドはエーコからガーネットが劇場街行きのエアキャブに乗った事を聞き、行き先を悟っていた。そして心配するエーコに言ったのだ。

「明日の朝には戻るじゃろう。心配なら、二人に気付かれぬようにアジトに行ってみるがよい。ただし、絶対に邪魔をしてはいかんぞ」

シドの言葉に、エーコは微笑んだ。

「お父さんの言う事を信じるよ。エーコもお城で二人の帰りを待ってみるね」



そんなやりとりを知るはずもなく、ジタンは夢の中にいた。

遥か彼方の蒼い光を求めて走って行くジタン。しかし近付こうとすればするほどに、その光は遠のいていく。そしてその光が小さくなって、消えてしまうと恐怖した瞬間、光は暖かな熱となってジタンを覆った。

何もかも、心の中の不安の全てが融けていく優しいぬくもりを感じ、ジタンは思った。

――ああ、これがオレの捜し求めていた故郷…いつか帰るところなんだ…と。

ガーネットの優しいぬくもりに包まれて、ジタンは生まれて初めて安らぎというものを知った。自らの涙と共に頑なな心を解放し、心地良い居場所…ふるさとを見つけた。

蒼い記憶の故郷はテラだった。しかし、ジタンが本当に捜し求めていた記憶の中の故郷は、こんなにも近くにあったのだ。



あどけない表情で眠るジタンを見つめ、ガーネットも至福の時を感じていた。ジタンに守られてばかりの自分が、ジタンに安らぎを与えられるのだと知った、そのことが嬉しかった。

テラとガイア。

二つの故郷の狭間で苦しんでいたジタンの本当の故郷。それは愛しい人の胸だった。漸くそのことに気付き、それと同時にジタンは安らぎを得たのだ。

――二つの故郷…。

そう呟いて、ガーネットはふと思った。

――私にも、故郷は二つあるのだわ…。

そして眠るジタンにそっと囁いた。

「今度の休暇の時には私のもう一つの故郷に、一緒に行ってちょうだいね」




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ごめんなさい。

ジタンの口からは言えませんでした。だって、絶対に言わないと思うんですよ、あの性格からして…。<私の勝手な思い込みですが…。

これが私の限界…って思いたくない意地っ張りなんですが、お許しいただけますか?

ちょっと(かなり)長くなってしまったこともお詫びします。m(_ _)m

余談ですが、「いつか帰るところ」という曲の原曲は「故郷(ふるさと)」という曲なのだそうです。ゲームには使われていませんが、そのことも意識して「故郷(こきょう)」と「ふるさと」という言葉を使ってみました。2002.07.04
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