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2010-08-20(Fri)

二つの故郷-いつか帰るところ 4

黒魔道士は、その時間ときが止まると村外れの丘の土に還る。



ミコトがガーネットに願い出て、ダリの地下工場を視察してから黒魔道士達は再び生まれている。黒魔道士の村の、ミコトだけが知っているその場所で、寿命も長くなった黒魔道士が年に10体までという決まりで生み出されていた。

それでも彼らは人やジェノムほど長くは動けず、止まればビビ達と同じあの丘に眠るのだ。



ガーネットは墓の前で、見慣れた男性の後ろ姿を見つけた。しかしその姿は小さく暗く、やはりいつもの彼ではない。

「――ジタン…」

消え入りそうな声でその名を呼ぶ。しかしその人物は振り返ることをせずに、ただじっと墓標に掛けられた尖がり帽子を見つめている。

ガーネットはゆっくりと、その後ろ姿の人物に近付き…、そしてその横に並ぶようにして立ち止まった。二人の距離は近いのに、ただ聞こえるのは墓標をくすぐる風に揺れる尖がり帽子の囁きだけ。

その時尖がり帽子の囁きが懐かしい声になった。

――ジタン…、おねえちゃん…。

嬉しそうな黒魔道士の声が、確かに二人の胸に響いていた。

その声に促されるように、ジタンがポツリと呟いた。

「…自分が情けないよ」

「ジタン?」

「オレがもっとしっかりしていれば…、あの事故は防げたんだ」

ガーネットが想像しエーコが指摘したように、やはりジタンは傷つき、自らを責めていた。

「…何があったのか、話してくれる?」

ガーネットに促され、ジタンは話し始めた。

「テラへの通路はすごく不安定で、人が無事に通り抜けられる保障はなかったんだ」

しかし一縷の望みに賭けて、ジタンは自らが飛び込むことを決断した。しかしその準備をしているところをミコトに説得されて、結局断念したのだ。

「オレとミコトの会話を、アイツは聞いてたんだよな」

「アイツって…?」

「ジェノムの一人で、最近すごく会話が上達していたヤツ。ミコトが名前を付けようとしたら、アイツ、『物知りだった288号さんの名前がいい』なんて言ってさ、結局、288号って呼ばれてた」

墓所の上空うえの、遥か遠くの空間を見つめ、ジタンはそう言った。

ガイアの言葉を理解してきたジェノム達は、ガイアの人々の感情にも興味を持ち始めていた。ガイアの生活に慣れ親しみ、いつかは『黒魔道士の村』を出て、世界を見て回りたい、と。

「あいつらは…、ジェノムは人の言葉、気持ちを理解しようと努力していた。そんなジェノムの一人、288号が…、オレがテラへの通路に飛び込もうとしていたのを見ていたんだ。オレとミコトの会話を聞いて、オレとミコトの想いに共感して…」

ミコトが船室へと去り、ジタンもまたボートを船倉にしまうと会議室として使われている別の船室に向かった。人気の無くなった後甲板で、288号はジタンがしていたようにボートを用意し、そして静かに海に浮かべた。夕闇に包まれようとしていた海は、その人影を隠すかのように暗さを増していった。

しかし何気なく外に出たジタンが海上に蠢く何かを見つけた。

――まさか…。

船倉に駆け込み、ボートの一艘がなくなっている事に気付いたジタンは誰かが輝く島に向かったのだと直感した。そして残っていたボートを運び出すとすぐにその「誰か」の後を追った。更に、ジタンを護衛するべく2名のリンドブルム兵も追いかけた。だが…。

「間に合わなかったんだ。アイツ…、船ごと…、空に吸い込まれて…」

ジタンは自分もその空間に飛び込んだ。しかし既に空間は閉じ、空を切ったジタンの身体はそのまま冷たい海に放り出された。その状況に驚いたリンドブルム兵も慌てて海に飛び込んだ。しかし暗黒の海には至る所に氷山が乱立しており、運の悪い事に彼らはその氷山の一つに叩き付けられ重傷を負ってしまった。ジタンは持ち前の反射神経とタンタラスで鍛えられた身軽さとで、大怪我をせずに済んだのだった。

「何もかも、オレの所為だ。オレがあの時決行していれば…」

輝く島の跡にある筈のテラへの通路。そこはいつもボゥっと薄暗く光っていて、その光で空に吸い上げられていく288号の姿がはっきりと見えた。それが彼の姿を見た最後だった。

ガーネットは思わずジタンの腕に自分のそれを絡めた。そして腕に伝わるその感触に驚いて視線を移すと、ジタンの腕には素肌が見えないほど、包帯がグルグルに巻かれていた。

「ジタン…。あなたの怪我は?」

心配そうなガーネットの表情に気付いたジタンは漸く微笑んで言った。

「大丈夫だよ。軽い凍傷と擦り傷だけだから」

しかしジタンの傷は身体よりその心の方がはるかに深い。それがガーネットにも痛いほど伝わってくる。

ガーネットはジタンに掛ける言葉を必死で探した。しかし何も言えないままに時間は過ぎていった。そして気まずいその沈黙を破ったのは太く低い声だった。

「よお、ジタン」

「…ボス?」

そこにはガーネットとエーコを見守っていたバクーが立っていた。

「おまえさんに報せるべきかどうか、流石のオレ様も迷っちまったけど…ヘブシュン! やっぱり知らせとく」

「どうしたんだよ、ボス?」

「…ミコトの家の無線機に連絡が入った。調査船も大公さんの船も既にこっちに向かっているってよ」

バクーの言葉に、ジタンもガーネットもその背筋が凍りつきそうなほどに冷たい衝撃を感じた。

「…まさか、それって…」

「ああ。行方不明のジェノムの捜索は打ち切られたらしい…」

その言葉を聞いて、ジタンはその場に座り込んでしまった。

「ジタン…」

ガーネットも跪いて今にも倒れそうなジタンを支えようとした。

「それからな…」

バクーは申し訳無さそうに付け加えた。

「大公さんも確認したらしいが…、テラへの入り口はもう、開きそうに無いと…、そう言っとったよ」

その瞬間、地面に着いていたジタンの掌が固く握られた。爪には土が食い込み、擦れた指からは血が滲んでいる。

「ジタン、血が…」

しかしジタンの拳は更に固く握られ、その全身は小さく震えていた。

そんなジタンの様子を確認しつつも、バクーはそれだけ言うと踵を返した。しかし、次の瞬間、バクーはジタンの元に駆けつけることになったのだ。

「ジタン!ジタン、しっかりして!」

「ジタン!」

ガーネットの叫び声とバクーの声が重なった。地面に倒れ込んだジタンの顔面は蒼白で、身体はピクリとも動かなかった。

自らを責めながら、ジェノムの帰還を待ち続けていたジタンの精神は限界だった。なのに恐れていた事実を同時に二つも知らされ、ついに彼自身を保っていられない状況にまで追い詰められてしまったのだった。

いつも飄々として気丈に振舞うジタンが、イーファより生還して以降初めて見せた弱さだったのかもしれない。






ジタンは柔らかなベッドに横たわり、静かに眠っていた。しかしそこは『黒魔道士の村』ではなく、リンドブルムの客室だった。ジタンに与えられた外務省の官舎より客室の方が看病しやすいだろうというシドとヒルダの心遣いだった。

眠るジタンの傍らに座り、ガーネットは先ほどシドから手渡された薬瓶を見つめていた。それはリンドブルムを発つ時にヒルダがシドに渡したあの薬だった。

『忘却の雫』

それがその薬の名前だった。

ジタンに万一のことがあった時、ガーネットに与えるようにと作られたはずの薬。飲めばたちどころに悲しみを忘れ去らせてくれるという魔法の薬だった。

その薬を、シドはガーネットに託した。ジタンにとって辛い事実…、ジェノムの捜索が打ち切られたこととテラへの通路が閉ざされたことを忘れさせる為に使うようにと。しかしガーネットはその薬をジタンに対して使うべきかどうか悩んでいた。

――もし、ジタンの生存が絶望的だったとき、自分はこの薬を飲んだだろうか…?

そう考えて、ガーネットはその薬瓶をベッドの脇の小引出しに仕舞った。

――辛くても、私はきっと飲まなかったでしょう。悲しみに暮れることより、ジタンと過ごした日々を忘れてしまう事の方が何倍も、何百倍も辛いでしょうから…。

その時、部屋の外からエーコが声を掛けた。

「ガーネット、お父さんが呼んでるの」

ガーネットは一瞬躊躇ったものの、ジタンの寝顔を確認すると客室を出て行った。



シドがガーネットを呼んだのは、やはりあの薬のことだった。

「飲ませたのか?」

シドに訊かれ、ガーネットは静かに首を横に振る。シドはふっと短い溜息をついたあとにこう言った。

「ジタンは強がっているが、そういう人間ほどその内面に脆さを抱えているものじゃ。薬を飲ませなんだこと、後悔するようなことにならなければよいがの」

それだけ言って、シドは執務に戻って行った。

そして入れ替わるようにやってきたヒルダが、看病で疲れているであろうガーネットを労う為にお茶の用意をしてくれた。

「客間のドアは見張りの兵士が立っていますし室内には女官も付けましたから、もしジタンさんが目覚めたらすぐに報せてくれますよ」

ガーネット自身、ジタンの看病と彼が受けた心の傷をおもんばかるあまり、少なからぬ精神的疲労を感じていた。

「ありがとうございます、ヒルダ様」

そう言ってガーネットは居間から続くサンルームのテーブルについた。

シドが作らせたという安らかな調べを奏でるオルゴールの音色を楽しみながら、ヒルダと他愛ない会話を交わす。ただそれだけのことで、ガーネットの心は癒されていった。そんなヒルダの心遣いが嬉しく、つい予定より長く客間を離れてしまっていた。

「そろそろ戻らなくては…」

ジタンの元に戻ろうと、ガーネットが席を立とうとした時、リンドブルム兵の一人が息せき切って走って来た。

「申し訳ありません、ヒルダ様、ガーネット様」

そう前置きして兵士が語ったのはジタンの不詳だった。

「どういうことですか?」

ヒルダも思わず声を荒げて詰問する。しかしガーネットは兵士の話を聞くより前に居間を飛び出し、客間へと急いだ。

「ガーネット様。申し訳ありません」

客間の前で、もう一人の見張りの兵士と、室内でジタンの様子を見守っていた女官が深々と頭を下げた。

だが、ガーネットは何も応えず、とにかくベッドに走り寄った。まだ温もりの残るシーツに手を充てた時、女官が経緯を説明し始めた。

「ジタン様が目覚められて、砂糖水をお飲みになりたいと仰られて…」

調理室に砂糖を貰いに行くことを見張りの兵士に告げ、女官は部屋を離れた。その報を受けて兵士の一人がジタンの目覚めた事をガーネット達に報せに行こうとした時、部屋の中で微かな物音が聞こえた。

「声をお掛けしましたが返事がありませんでしたので、失礼を承知で入室しましたところジタン様のお姿が見えなかったのであります」

ガーネットは急いで窓に走り寄り、外を見下ろした。しかしそこにもジタンの姿は無い。いくら怪我をしていたと言ってもジタンの怪我は軽い凍傷で、精神的な打撃から寝込んでいたもののその体力は衰えていなかったのだ。

「どうしましょう? 寝込んでいるから体力も弱っているものと思い込んでいましたわ」

後から駆けつけてきたヒルダもそう言って窓の外を見下ろした。

「…ジタンさんやタンタラスの方々には簡単に昇り降りできる高さですものね」

ヒルダが溜息混じりにそう言った時、ガーネットが急に走り出した。

「ガーネットさん?」

驚いたヒルダが声を掛けたが、ガーネットは客間を飛び出し階段を駆け下りると城の外に出た。そしてそのままエアキャブ乗り場へ行くと、発進寸前のエアキャブに飛び乗ってしまった。

「ガーネット!?」

走って行くガーネットに気付いてドッグから後を追ってきたエーコの目前で、無情にもエアキャブは発進した。

「ガーネット。一人でどこに行く気なのよ!?」

叫ぶエーコの声はエアキャブの発進音に掻き消され、ガーネットには届かなかった。暫くの間走り去るエアキャブを見つめていたエーコは、その行き先を確認すると急いで執務中のシドの部屋に向かった。



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