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2010-02-18(Thu)

FF10 Crimson Sky

「明日だ」

祈りの歌で『シン』を呼び寄せ攻撃する時を、アーロンはその一言で決めた。

もとより異存の無い彼らは、それを無言の頷きで了承した。



究極召喚なしでの『シン』との決戦。

歴代の召喚士やガードの誰もが成しえなかった未知の戦い。



「ゆっくり休んでおけ」

ユウナ達を導いてきた隻眼の男は再び短く言うと、ブリッジから去って行った。

「んじゃ、あたし達も休もうよ」

緊張に包まれていたブリッジの空気を一掃するかのように、にぎやか担当の彼女は明るく振舞う。

不安、緊張、恐怖、期待、願望。

『シン』との、そしてエボン=ジュとの戦いを前に、様々な感情が入り乱れる彼らの胸中。

「ゆっくり休むなんて、できそうにねぇけどな」

「それでも、少しでも横になっておく方がいいわよ」

口々に言いながら、彼らはブリッジを後にした。翌日に控えた決戦を前に、複雑な感情を持て余したまま。







飛空艇の甲板からは、夜空の星が手を伸ばせば取れるような近さに感じる。

その星々の海に吸い込まれそうな感覚に身を委ね、ユウナはゆっくりと瞳を閉じた。

――総てが明日、明白になる。

ユウナが抱き続ける不安も、戦いの結果も、総てが明日、判る。

だがそれにはティーダの父であり、ユウナの父のガードであったジェクトを倒さねばならない。

『たとえ『シン』がジェクトさんでも…『シン』が『シン』である限り…』

――倒さなくてはならない。

そう決意していたのに、直前になって気持ちが揺れるのは何故なのだろう。

――ティーダ…

ある日突然ビサイドの海に現れて、ユウナと行動を共にすることになった少年の顔が、その時ユウナの脳裏に浮かんだ。

この世界で彼と繋がるのは、ジェクトだけ。そのジェクトを倒してしまったら…

『ボク達の夢は…消える』

突然その言葉を思い出し、ユウナの胸がズキンと痛んだ。

ベベルの祈り子の間で、祈り子はティーダにそう告げたのだ。そして『ごめん』、とも。

――あれは…どういう意味なんだろう…

ティーダが何も言ってくれないことが、ユウナには辛い。

『何でもない』

そう言って誤魔化したティーダ。だが本当に何でも無いのなら、話してくれてもいいのではないか。

ティーダが何かを隠していることはユウナにも分かっている。つい先日まで、自分がその立場にあったのだから。

究極召喚を使って『シン』を倒したら、召喚士は…死ぬ

その事実を、ユウナはずっとティーダに黙っていたのだから。

「そんな重大な事実だったら…やっぱり言えないよね…」

そう呟いて、恐ろしくなる。

――『シン』を…、エボン=ジュを倒したら、ティーダが…?

ユウナは勢いよくかぶりを振った。だが一度芽生えてしまった不安は簡単には拭えない。

ユウナは恐怖に震えた身体をギュッと抱きしめた。



「何、してるッスか?」

「えっ?」

驚いて振り返ると、そこにはティーダが立っていた。

「ティーダこそ…」

言いながら、瞳の端に浮かんだものを、ティーダに気付かれないように素早く拭う。

「オレは、星を見に来たッス」

「星?」

「ああ。当然だけど、ザナルカンドとスピラの星は違うからさ。ゆっくり見ておきたいと思って。ユウナは?」

「あ…、えっと…」

まさかティーダのことを思っていたなどと言えるはずも無く、ユウナは言いよどんだ。するとティーダはゆっくりとユウナの傍に歩み寄り――

「泣いてた?」

突然、そう尋ねた。

「ユウナの目、赤いッス」

「そんなこと…!」

慌ててティーダに背を向けて、ハッとする。

いくら星がたくさん輝いているからと言っても、この暗さの中ではユウナの瞳の色まで見えるはずもなく――

「やっぱり、泣いてたッスね?」

ティーダが笑いを堪えるように、口元に手を当てた。

その仕種に気付いて、ユウナはティーダに猛然と抗議する。

「まだ泣いてないのに、目が赤いなんてウソを…」

だがその言葉が真実の総てを語っていて――

「これから泣くところだった?」

ティーダは更に余裕の微笑を浮かべた。

「…いじわる……」

こういう会話になると、ユウナはティーダに敵わない。

抗議の勢いを殺がれて俯いたユウナの瞳から、その時光るものが一粒、零れ落ちた。

「ほ、本当に泣いちゃったッスか?」

からかいが過ぎたかと後悔しつつ、慌てたティーダはそれまでの微笑をすっかり引っ込めると、代わりに困惑の表情を浮かべた。俯いてしまったユウナに掛ける言葉も見つからず、ただただオロオロとユウナの周りを歩き回る。

「…泣いてないよ」

「えっ?」

クスクスと笑う声が小さく聞こえたかと思うと、ユウナが顔を上げた。その表情にイタズラっ子のような微笑を湛えて。

「ウソ泣き…?」

だがユウナは黙ったまま小さく首を傾げるばかりで真実を語らない。

本当は、今にも泣き出しそうな気分のところをティーダの態度に救われていた。だがそんなことを面と向かって言えるはずも無く、ユウナは無言の微笑で誤魔化していたのだった。

「なんでもいいや。ユウナが笑ってるならさ」

自分がユウナを泣かせたのではないと知って、ティーダはホッと胸をなでおろしていた。





「明日…だね」

「ああ。明日だ」

甲板に腰を下ろし、二人は星を眺めた。

どこからか、『シン』――ジェクトもこの星々を見ているのだろうか。10年前から続く闘いに決着をつけるために、彼らの訪れを待ちながら。

「大丈夫?」

ユウナは傍らのティーダを覗き込むようにして尋ねた。幼い頃に別れた父と再会する事が即ち戦うこととなったティーダ。

「ユウナこそ、変な気、遣うなよ?」

「え?」

ティーダは優しく微笑むと、ユウナを真っ直ぐに見つめた。

「『シン』は『シン』…だろ。ユウナにとって、スピラにとって、倒さなきゃならない存在。『シン』がオレのオヤジだからって、今になって迷うなよな」

「うん…」

まるでユウナの心の中を見ていたようなティーダの言葉。

だがそれは、きっとティーダ自身も同じような迷いを抱えているからこそ分かるのだろう。

「ティーダこそ、我慢しないでね」

「え?」

「無理して強がらないで欲しいんだ。みんなの前では強がっても…、私には……」

言いながら俯いたユウナの頬が、薄っすらと朱に染まっている。言い馴れない言葉を、ティーダの為に必死になって紡いだのであろうことは、ティーダにも解かる。

「大丈夫ッスよ、ユウナ。オレは、この為にスピラに来たんだからさ」

――えっ?

ティーダの言葉が気にかかり、ユウナはそれまでの恥ずかしさを忘れて顔を上げると、ティーダを見つめた。

「この為?」

「あ、何でもないッス。それよりさ、スピラのみんな、祈りの歌に協力してくれるかな?」

ティーダは咄嗟に話を変えた。

『キミは夢を終わらせる夢』

祈り子に告げられたそれはユウナには知られたくない事実。

エボン=ジュを倒して夢を終わらせることは、ティーダ自身も消え去ること。それはティーダも覚悟していたはずだった。



その時、ユウナが差し出した手でティーダの手を包み込んだ。

「無理しないで」

ユウナの極自然なその仕種に、ティーダは自分の手が震えていたことに気付かされた。

「誰だって怖い。今までに経験したことの無い闘いに挑むんだから」

「ユウナ…」

ユウナの手のぬくもりに触れ、ティーダは張り詰めていた心が解れていくのを感じた。

――たとえ自分が消えることになっても、ユウナには何も知られたくないし、知られてはならない…。

そう思い、気負っていたそれまでのティーダ。だが、その時はすぐそこまで迫っている。明日、『シン』を、そしてエボン=ジュを倒したら、ティーダは消える。ユウナのぬくもりに触れることは、二度と叶わない。

「あ…れ……?」

ティーダは自分の瞳から零れているものに気付いた。

「あはは…はは……、なんか変だ。オレ…」

慌ててそれを拭うと、ティーダはユウナの視線から逃れるように俯いた。拭ったはずの涙が再び零れ、ティーダの足元に小さな円を描いていく。

そんなティーダを、ユウナは横からそっと抱きしめた。

「私も…怖いよ。ティーダだけじゃ、ないから…」

「ユウナ…」

ユウナの優しさに甘えてしまいたい衝動に駆られ、ティーダは身体を僅かに捻るとユウナの身体を抱きしめた。

手だけだと思っていた震えは全身を侵し、涙も止め処なく溢れる。

『すべてが終わったら………僕たちの夢は、消える』

自分が消えてもユウナが助かるなら、それでいいと思っていた。なのに…

――最後じゃなくて…、ずっと…

その約束を守れないことが辛かった。







翌日、飛空艇は予定通りにスピラ中を飛び回りながら、祈りの歌を歌った。

寺院の力なのかシェリンダの努力の賜物なのか、スピラの民は皆、祈りの歌を歌っていた。



「ユウナ…、あのさ…」

ティーダはブリッジでスクリーンを見つめるユウナに話しかけた。

「昨夜は…、その…」

男として、ユウナを護るべきガードとして、恥ずべき行動を取ったと後悔するティーダは何とかしてユウナに謝りたいと思っていた。だが――

「昨夜は、ありがとう」

「え?」

逆に礼を言われてしまい、ティーダは戸惑った。そんなティーダを真っ直ぐに見据え、ユウナは微笑んだ。

「私も、もう迷わないよ。『シン』は『シン』…だよね。キミに言われて、覚悟が決まったんだ。だから、ありがとう」

「あ、ああ」

ティーダは納得できたような、できないような、複雑な心境に陥った。それでも、ティーダ自身ユウナに告げておかなければならないことがあった。

「あのさ」

「ん?」

「オレもさ、吹っ切れた。今は何も考えず、『シン』とエボン=ジュを倒す。それだけッス」

「うん」

互いの胸のうちに残っていた迷いを断ち切り、二人は心の底から微笑みあった。が、その時、

「『シン』!」

リュックの兄の叫びと共に、飛空艇のスクリーンに『シン』の巨体が映し出された。祈りの歌に反応し、姿を現したのだ。

「おっし、行くぞ!」

ティーダの掛け声と共に、皆は一斉に甲板に飛び出して行った。







数時間後、両の腕をもぎ取られた『シン』はベベルの都にその巨体を沈めた。

だがこれで終わりではない。

『シン』はまた、復活する。『シン』を鎧として纏うもの――エボン=ジュを倒さない限り、『シン』は何度でも蘇る。



「おっし、今のうちに主砲の修理だ!」

『シン』を倒せたのではないと知ったシドは、『シン』が動きを止めたこの隙を利用して、壊れた主砲の修理に取り掛かった。

一方ティーダ達は、『シン』が動きを止めたために一時的な休息を与えられた。『シン』が復活するまでの、束の間の休息。それでも彼らにとって、それは貴重な時間だった。



ブリッジから離れ、甲板に出たユウナは夕焼けの空を見つめていた。

「ジェクトさん…苦しいのかな」

その背後に現れた気配がティーダだと気付いて、ユウナは振り返らないまま呟いた。

「終わらせよう、早く」

ティーダは後姿のユウナに言葉を返した。

「祈り子も協力してくれるって言うしさ」



そんな会話の中で気付いたのは、エボン=ジュを倒すたった一つの方法が、途轍もなく残酷であるという事実。

共に闘ってきた召喚獣達の総てにエボン=ジュを乗り移らせ、倒す。そして行き場の無くなったエボン=ジュを――

「やらなくちゃ…、ならないんだよね」

「そう…だな」

その時、ユウナの中に一つの疑問が芽生えた。

「……ねえ、エボン=ジュは『シン』の中で何を召喚しているのかな」

『シン』を鎧として纏うエボン=ジュ。強大な鎧のその中で、彼が召喚し続けるもの、それは――

「祈り子の…、夢」

呟くように応えて、ティーダは黙り込んでしまった。

彼自身、祈り子の夢の存在であり、エボン=ジュが召喚し続ける世界の住人。実体を得てスピラに現れたのだとしても、夢が消えれば――

「キミは…消えないよね」

消え入るような声でのそれは問いかけではなく、ユウナの願望。

「ティーダ…」

ユウナはゆっくりと振り返るとティーダに歩み寄った。

黄金に輝く彼の髪は夕日に照らされて燃えるような色を映しているのに、俯いた彼の心はその対極の色に染まっているかのようだった。

昨夜流した涙によって、ティーダの迷いは消え去ったはずだった。なのに、その時が近付いていることを感じるのが、辛い。

総ての終わりに、夢は…消える――。

そのことを意識するのは、苦しかった。

それでもティーダは顔を上げてユウナに微笑むと、力強く応えた。

「大丈夫。オレはずっとユウナの傍にいる」

「ずっと?」

「ああ、ずっと…」

――たとえ実体を無くしてしまっても…、どんな姿になったとしても…、ずっと…ユウナの傍に……。

それは昨夜、ユウナのぬくもりを感じたときに決意したことだった。





「ユウナんたち! どこにいるの!? 『シン』を見て!」

艦内のスピーカーからリュックの緊迫した叫び声が流れ、ティーダとユウナは飛空艇の前方に視線を移した。

「やっぱり、復活したッス…」



夕日を背にして舞い上がった巨体は、その背に炎の色を映しながら真っ直ぐに飛空艇を見据えていた。

その姿を目にした地上の人々が恐怖に慄いている様は『シン』ジェクトの意識の片隅でも捉えられているのに、最早彼にはそのことを気遣うことができなかった。

今の彼にとって、生あるもの、そして形あるもの総てが破壊の対象となっていた。

『シン』となって10年。

人であった頃の心は、既に残り僅かとなっていたのだ。



「待ってろよ、オヤジ。すぐに行くからな」



二人は力強く頷き合うと、ブリッジに向かって駆けて行った。








太陽祭なるものの存在を知って、2日で書き上げたものです。決戦を前にしたティーダとユウナの、特にティーダの迷いを書いてみたいと思っていたのですが、泣かせてしまいました。ゲーム中の話だと甘い二人が書けなくて残念です。

 2003.07.15作 2003年「太陽祭」出品 2003.09.21 太陽祭終了につき、サイトにUP

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2010-02-28(Sun)

時の贈り物 1

エボン=ジュとの戦いが終わり、ユウナの最後の、そして最も辛い異界送りが始まった。永き眠りの中で夢を見ることを強要された祈り子たちと、召喚士と共に戦った召喚獣を異界へ送る儀式。それはとても悲しく…これで全てが終わった筈なのに、どうしようもなく悲しい儀式だった。

「アーロンさん!?」

突然ユウナの舞が中断する。死人であるアーロンもまた、異界へ旅立つ時が来たのだ。

「続けろ、これでいいさ」

戸惑うユウナ達にそう言ったアーロンの体は除々に幻光虫へと化して行く。

10年前、ガガゼト山の麓で託した願いを充分以上に果たしてくれたキマリの胸をポンと叩いたアーロンは、共に旅をしてきた仲間を見渡した。

「10年、待たせたからな」

そう言うと、今までユウナが舞っていた場所へと歩いて行った。それはかつての戦友にして最大の敵、『シン』となったジェクトの最期の場所でもあった。

「もう、おまえたちの時代だ」

仲間達を振り返り、声高にそう告げたアーロンは無数の幻光虫と化して空の闇に溶け込んでいった。



飛空艇にもどり、ユウナは異界送りを続けた。ユウナの舞いに送られ、祈り子も召喚獣も異界へと旅立っていく。

そして――。遂にティーダにもその時が訪れた。



自らの身体が透き通り、実体が消えかけているのにティーダは気付く。覚悟していた筈なのにやはり動揺を隠せない。しかし仲間達には悟られまいと、努めて明るくティーダは振舞った。

「オレ、帰らなくちゃ」

顔を上げ、やはり気付いていたユウナにティーダは言った。

しかし、ユウナは今にも泣き出しそうな表情で首を横に振る。

「ザナルカンド、案内できなくて、ゴメンな」

そんなユウナにティーダは明るく言った。そして少し歩き出したところで仲間達を振り返り、

「じゃあな!」

そう言って再び歩きだした。

去っていくティーダに動揺する仲間達。しかしただ黙って見送る事しか出来ない。そんな中、暫くティーダを見つめていたユウナが、突然後を追って走り出した。

「ユウナ!」

キマリの叫び声にふりむいたティーダは反射的にユウナを抱きとめようと両手を広げた、その瞬間―――。

しっかりと抱き合った二人は白く暖かい光に包まれた。そして光に奪われる意識の片隅で、二人はキマリたちの時間が止まっていることを確認した。やがて光は二人の視界を完全に奪い……。







気が付くと二人は固く抱き合ったまま、見知らぬ街に立っていた。否、知らなかったのはユウナだけで、ティーダには見覚えのある街…。

「ザナルカンド、オレの…ザナルカンド…?」

『シン』に襲われたことが嘘のように、何事も無かったかのように機能する眠らない街、ザナルカンドがそこにあった。

「ザナルカンド・エイブスのティーダじゃないか、朝からお熱いねえ」

ブリッツファンであろう、通りがかりの男がティーダとユウナをからかった。ハッと我に返りお互いの体を離す。

「…ここが、ここがキミのザナルカンド?」

ユウナが恐る恐る尋ねる。

「ああ、そうだ。ここがオレの育ったザナルカンド。ザナルカンドだ!」

何故?と思うより先に帰ることができた喜びに、「おいで!」とユウナの手を取り走り出したティーダは、途中何人かのファンに声を掛けられながら自分の家にたどり着いた。

「大丈夫?」

走り続けて息が上がってしまっているユウナにそれ程でもないティーダが声をかけた。

「ハァ、ハァ、だ…大丈夫…じゃないかも…」

苦しそうなユウナを、ティーダはいきなり抱き上げた。

「きゃっ」

短い悲鳴を上げ驚いているユウナをティーダは、新居に入る新婚さんみたいだろ?とからかってそのまま自分の家に入っていった。

「たっだいま~」

おどけた調子で言っては見ても、誰もいないのは分かりきったこと。

「一人暮らし?」

ティーダに抱き上げられたまま、ユウナが訊いた。

「そう、母さんが死んでからね」

事も無げに彼は答えた。だがその後に

「でも、アーロンが何かと面倒見てくれてたッス」

と、少しテレながら付け加えた。



ユウナをソファに下ろすと、ティーダはキッチンへ行ってミネラルウォーターのビンとコップを持ってきた。冷蔵庫から取り出したそれはよく冷えていた。

「何、それ?」

不思議そうにビンを見つめるユウナにティーダはあっさりと言った。

「水」

「みず?水って、川や湖の…あの水のこと?」

スピラでは水を人工的に精製したりしない。どこの土地の水もきれいで大抵は消毒しなくても川や井戸から汲み上げるだけで飲めるからだ。

「ザナルカンドではおいしい水は簡単に手に入らない。普通の水を機械で精製してこうやってビンに詰めて売ってるんだ」

コップに移したミネラルウォーターをユウナに渡し、自分はビンに口を付けて飲んだ。

「冷たい……」

その水を一口飲んでユウナが呟く。

「水を買うのも…機械が発達した、代償?」

機械を戒めてきたエボンの教えはやはりユウナの体に染み付いている。機械が悪い訳では無いことは、彼女もよく分かっているのだが。

そんなユウナにティーダが応えた。

「代償か。う~ん、そうかも知れないな。工場の排水のせいでザナルカンドの川の水は飲めないからな」

「…『シン』がいなくなって…機械が発達したら、スピラも汚れた世界になるのかな?」

ユウナが少し不安そうにそう言うと、ティーダが明るく言った。

「そうならないように、ユウナ達が守ればいい。スピラの自然を」

無意識に「自分達で」、という言葉を使わなかったティーダにユウナがまた不安そうに訊く。

「キミは?キミは一緒に居てくれないの?」

しかしその時、ティーダの答えをユウナは聞けなかった。ティーダの家のドアを激しく叩く音と、それに続く大声が邪魔をしたからだ。

「ティーダさん、ティーダさん。恋人ができたって、本当ですか?」

「何人も目撃者がいるんですよ、ティーダさんが女の子と抱き合っていたって」

「手を繋いで走っていたって」

「答えてくださいよ」

スポーツ雑誌の記者達だった。



「うわ、みつかった」

ティーダが、それでも余り困ったようには見えない表情でそう言った。だがここで取材を受けたらユウナの素性をどう説明するのか。本来、このザナルカンドの住人では無いユウナの素性を、それでも記者達は調べようとするだろう。そうなってはザナルカンドを案内するどころではなくなってしまう。

「逃げよう!」

そういうとティーダはユウナを連れてキッチンへ行った。ここには父ジェクトの頃から使っていた隠し通路があり、それはティーダを子供の頃からかわいがってくれている、ジェクトの旧友である『おじさん』の経営するスポーツ用品店の裏口の前に続いていた。

「ちょっと狭いけど、ガマンな」

こうして無事に記者達から逃れた二人は、スポーツ用品店で用意してもらった服に着替えた。服を用意してくれたおじさんは涙を拭きながらユウナに言った。

「あの泣き虫だったティーダにこんなにかわいい彼女が出来るなんて…おじさんは嬉しいよ」

その言葉にユウナは赤面し、ティーダは余計な事を、と、これまた赤面しながら怒鳴っていた。



そして今度こそ、誰にも見つからない様に街中を見て回った。

歩きながら口にするアイスクリームに、巨大なスクリーンに投影される映画。

ユウナにとっては初めてのことばかりだったし、ティーダにとっては久し振りで懐かしいことばかり。眠らない街ザナルカンドでの二人の時間は瞬く間に過ぎていった。



日が落ちて暗くなり始めた頃、ティーダはユウナをスタジアムへ連れて行った。

「試合、観るだろ?」

「うん!」

夜のスタジアムで応援するのはユウナの子供の頃からの夢だった。

「でも、一般席に一人でいるのはまずいよな」

――いつ記者に見つからないとも限らないし、熱狂的なファンに嫌がらせでもされたら大変ッス。

そこでティーダはチームマネージャーに事情を話し、チーム専属の女性ガードマンをユウナに同行させてもらった。





『ピィィィィィィィィィィ』

試合開始のホイッスルが鳴る。激しいボールの奪い合い。突き飛ばされた選手がフィールドの外、観客席に叩きつけられる。

「きゃあ」

思わず目を覆うユウナだったが、ティーダにボールが渡ったことを教えられると恐るおそる、目を開けた。

ボールを奪おうとする相手チームの選手をかわし、ティーダがゴールを目指してスフィアプールを泳いでいく。その姿にユウナの視線は釘付けで、最早回りの何ものもその視界には映らない。

と、その時一瞬目が合ったティーダがユウナに向かってポーズを取った。左手の拳を握り、目の前に掲げるいつものポーズ。その刹那、ファンの女の子たちが一斉に立ち上がった。ユウナの近くにいた女の子は皆、ティーダのそれが自分に向けられたものと思い込み歓声を上げる。

――ティーダって、ホントに凄い人気者なんだ…。

ユウナが呆気に取られているとスタジアム中から更なる歓声が湧き起こった。

『出た~~~!伝説のジェクトシュートだぁ!』

実況アナウンサーの興奮した声が伝えたとおり、ティーダがジェクトシュートをゴールに放った。ジェクトが姿を消してから10年余り、誰一人として成し得なかった技、ジェクトシュートを息子であるティーダが決めたのだ。

観客は大興奮し、ユウナも指笛を鳴らして応援する。



試合は勿論ザナルカンド・エイブスの圧勝だった。

そしてティーダは今夜の最優秀選手賞を獲得した。





試合が終わると女性ガードマンはユウナを選手控え室まで連れて行ってくれた。

「いろいろ、ありがとうございました」

礼を言うユウナにいつもポーカーフェイスのガードマンも思わず、どういたしまして、と微笑み返した。選手たちの一挙手一投足に素直に一喜一憂するユウナの純粋さに、女性ガードマンも久々に試合を楽しむことができたのだ。無論、周囲には気を配っていた彼女だが。



しばらく控え室の前で待っていると

「お先っ!」

ティーダの声が聞こえた。控え室の選手達に向かって軽く右手を挙げて挨拶をし、ティーダがユウナの待つ通路に走り出てきた。控え室の中では選手達が口々にティーダをからかう声が上がっている。

「泣かすんじゃないぞ~」

「お熱いね~」

意味の解からないユウナはティーダに何事かと尋ねたが、

「何でもないッスよ」

ティーダはそう言ってまともに応えてはくれなかった。

尤も、真面目に説明していたら、困惑するのはユウナだったに違いない。



先の女性ガードマンの誘導でティーダとユウナがスタジアムの裏口からこっそり出て行ったことに、記者たちもファンも気付かなかった。

『おじさん』のスポーツ用品店で元の服を受け取ると、二人は今度こそ堂々と表の道を歩いて行った。

「そういえば、ユニフォーム、預けちゃってたのに…?」

試合ではいつものユニフォーム姿だったティーダにユウナが訊いた。

「チームの控え室に予備があるっスよ」

そう言われて、ユウナは何もかもが便利なザナルカンドに改めて驚いていた。

「試合、どうだった?」

ティーダに訊かれたユウナは、あの興奮が戻ってくるような感覚を覚えてティーダお得意のポーズを真似しながらこう言った。

「最高っす」

そしてティーダがどんなにカッコ良かったか、どれだけの女の子たちがティーダの合図に興奮していたか等をティーダがテレてもういいよ、と言うまでしゃべり続けたのだった。





最高の時間を過ごしていた二人がティーダの家に帰ると一人の訪問者がその帰宅を待っていた。

「お帰り」

「祈り子さま!?」

それはベベルで会った、そしてティーダの前に何度か現れた、あの祈り子だった。


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2010-02-28(Sun)

時の贈り物 2

「ごめんね、もう時間がないんだ」

唐突に祈り子は言った。

「時間が無い?どういうことだ」

祈り子の言葉にティーダが声を荒げた。頭の片隅に押しやっていた不安が広がっていく。しかし祈り子はあくまでも冷静にこう告げた。

「エボン=ジュが居なくなった今、ボクたちの夢を召喚するものはもういない。だからこの世界も消える」

それは確かにスピラで聞いていたことだった。

「では、なぜ?なぜティーダと私はここに居るの?」

そう訊いたのはユウナだった。この世界が消える、ティーダが消えてしまうなんて信じられない、信じたくない。

だが祈り子は穏やかな口調を崩さず続けた。

「これはボクたちの最後の夢。異界へ行くまでの間に見ている名残の夢」

淡々と話す祈り子は更に言った。

「これはボクからのお礼、ティーダはザナルカンドに帰りたかった、ユウナはザナルカンドに憧れていた。これが最後だから、もう夢は終わるから…」

そして祈り子は消えてしまった。

「お、おい!まだ話は終わってないんだぞ」

誰も居ない空間に向かってティーダは叫んだ。そして黙り込むと、肩を落としその場に立ち尽くしてしまった。





ティーダの肩は微かに震えていた。為す術も無く、ユウナはその背にそっと寄り添う。

「…つらいだけじゃないか」

ティーダが絞り出すような声で言った。

「あの時、消える事は覚悟していたさ。飛空艇の上で、これでサヨナラだ…って」

「……」

ユウナは黙ってティーダの言葉を聞いていた。

「そうだろ?それなのに…気がついたらザナルカンドで…ユウナがいて、ブリッツも出来て…ああ、オレは消えないんだ、帰ってこられたんだ。そう思ってたのに…」

黙って聞いていたユウナがティーダの背中から自分の腕を前に回し、ティーダの体をぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫、きみは消えない。きみは…消えないんだよ。だって、こうして…ここにいる。こうやって抱きしめられる。あったかいよ。消えるなんて…ウソだよ」

その時ティーダが体を翻し、ユウナの体を正面から抱きしめた。強く、ユウナが壊れてしまいそうなくらいに強く。

ユウナもティーダを抱きしめた。ティーダが消えてしまわないように。



「お願いがあるの」

かすれた声でユウナが言った。

「キミの…キミのぬくもりを…」

そしてティーダを抱きしめる腕に力を込めて、再び言葉を紡ぐ。

「私と……ひと…つ…に……」

後は言葉にならなかった。涙があふれて声にならない。

「ユウナ…」

重なった唇からもティーダが震えているのが伝わってくる。ティーダのぬくもりと一緒に。

その唇がユウナの頬から首筋へと滑り落ちた。



もう何も考えられなかった。ただ、ティーダのぬくもりを、存在を、自分の肌で感じていたかった。

体の芯から広がる熱い痛みもティーダの存在を確認できる喜びに変わる。二人ではなく、一つに溶け合わさって一人になりたいと、心から願った。





「海…見に行こうか」

ティーダがそう呟いたのは東の空がうっすらと明け始めようとしていた時。

その腕の中にしっかりとユウナを抱いたまま、やさしく微笑んだティーダが言った。

「約束だっただろ、夜明けの…バラ色の空と海を見せる…って」



二人が海岸に着いたのは海に懸かる雲の上から、朝日がほんの少しだけ顔を出した時。

「きれい……」

空も海も、雲までもがバラ色に染まり…でも全てが同じ色ではなくて…。

微妙に違う色のバラ色。スピラでは見られないその光景にユウナが見惚れているとティーダが言った。

「見せたかったんだ、ユウナに。この景色を…、オレのザナルカンドを…」

それはまるで、もう思い残す事は無い、とでも言うような言葉。

驚いたユウナが振り返り、ティーダを見つめた。穏やかに微笑む彼は、何もかもを悟ったような表情で…。

「イヤ!消えないで」

バラ色の空に消え入ってしまいそうなティーダにユウナが駆け寄った。





――抱きしめた…と思ったのに……。

ユウナの体は空を切り、飛空艇の固い床の上に投げ出された。ザナルカンドは…祈り子たちの夢は消えていた。そしてあの時止まったキマリたちの時間は再び動き出していた。

「ユウナ!」

ルールー達が心配そうにユウナを見つめていた。

しばらく倒れたまま動けなかったユウナがそっと立ち上がると言った。万感の思いを込めて

「ありがとう」と。

その体を後ろから抱きしめたティーダが決心したように前に進む…ユウナの体をすり抜け…そして……。





あれからどの位、月日が流れただろう。

一時期、『シン』を倒した英雄として扱われたユウナたちも、ビサイド村でひっそりと暮らすうちに、いつしか時の人となってしまっていた。

『シン』のいない平和な日々が当たり前のものとなり、エボンの教えも風化した。民族間の差別や争いは無くなったものの、機械の知識を得る為にアルベド族を利用しようとする悪しき者が現れるに至り、病気療養中の父の跡を継いで族長となったリュックは、その知識を新しく建設したホームに封印してしまった。それでも情報の流出は押さえられない。いつしか機械の便利さと引き換えにこのスピラの自然を差し出す時が来るのだろうか。

――そうならないように、ユウナ達が守ればいい、スピラの自然を――

そう言った金髪の少年のことを思い出し、ユウナは胸が熱くなるのを感じていた。





シドを見舞うために訪れていたアルベド・ホームからの帰途、飛空艇から変わりゆくスピラを複雑な気持ちで眺めていたユウナは突然、

「母さま!」

そう呼ばれ、我に返った。

「母さま、何考えてるの?また父さまのこと?」

かつてスピラを『シン』の脅威から救った大召喚士を母に、そのガードの一人であった今は亡き金髪の少年を父に持つこの子もまた、父親譲りの金髪に青い瞳を持っていた。

ユウナは優しく微笑んで、その子の頭を撫でた。

――この子を産むと言った時、ルールーもワッカもキマリもリュックも物凄く驚いたのよね。でも誰も反対しなかった。皆で私とお腹の子を守ってくれた。大切な仲間の血を受け継ぐ子。ティーダ、あなたの命はこの子に受け継がれたの。あなたの命は消えていないのよ。

大空を仰ぎ、遠くで見守ってくれているであろうティーダに向かって心の中でそう呟いた。





時は流れ、時代は移り行く。そして命もまた、次の時代へと受け継がれていく。

かつてスピラを覆った死の螺旋は、そんな当たり前のことを許してはくれなかった。

だが、今は…、誰もが未来を夢見ることができる。そして同時に人々はその未来をより良きものにする責任も負ったのだ。

「私、がんばるよ。キミのためにもね」

母親に急にそう言われてキョトンとしてしまった愛しい我が子をユウナは目を細めて見つめた。



「ユウナん、もうすぐビサイドに着くよ~」

リュックが手を振りながら走ってくる。

ビサイドの海岸にはルールー、ワッカ、キマリが迎えに来てくれている。

――この素晴らしい仲間たちと共に、力強く生きていこう。この子のためにも…、ティーダの命を未来に繋いでいくためにも……。



「私、がんばるからね」



  2001.8記

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