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2010-02-18(Thu)

FF9 アレクサンドリアの空に

刺すように冷たい空気が晴天の空を青く映していたその日、ガーネットはレッドローズに乗り込んでいた。

ベアトリクス率いる親衛隊員数名と共に、ガーネットはある場所に向かっていた。





それはひと月前のこと。

執務中のガーネットに、一通の親書が届いた。

差出人は見るからに可笑しな取り合わせの連名で、男性の氏名が二つ書かれていた。

「バクーさんと…、ハミルトン伯爵…?」

ガーネットが訝しげに呟くと、政治顧問として執務を補佐するトットも言った。

「想像もできない組み合わせですな」

だが、もっと驚かされたのはその親書が招待状であったこと。純白の上質紙で作られた封筒は、金箔の紋章入りのシールで封をしてあり、それはハミルトン伯爵家の家紋であった。

そして封を切ったガーネットは、またまた驚きを覚えることになった。

「トット先生。これは結婚式の招待状だわ」

「ほう。で、どなたが結婚されるのですかな?」

驚きの声で言ったガーネットに、トットは相変わらずのんびりした口調で問い返す。しかしガーネットが次に伝えたことは、トットにも少なからぬ衝撃を与えた。

「……タンタラスの…マーカスさんと、ハミルトン伯爵の三女、マーガレット嬢ですって」

「ほっ?」

目を丸くして、ガーネットの手の中にあるその書面を見つめ、トットはそのまま固まったように動けなくなってしまった。

ハミルトン伯爵家はアレクサンドロス王家の遠縁に当たる門閥貴族である。伯爵自身は温厚な性格で、アレクサンドリアの首都に集う権力欲の塊のような貴族たちとは常に一線を画している。その為、伯爵はアレクサンドリア首都にある屋敷には住まず、領地であるダリ村の小さな別荘で妻子と共にひっそりと暮らしている。

それでも、アレクサンドリアの貴族社会の中では大きな権限を持った人物であった。

「マーガレット嬢とは、子供の頃によく遊んだのよ。私と同じ年で、お母様同士の仲が良かったの」

過ぎ去った幼い日を見つめるかのように、ガーネットは目を細めてくうを見つめた。

「ですが、これほどまでの貴族が、どのようにしてマーカス殿と知り合ったのでしょうな?」

「マーガレット嬢は芝居がお好きだったから…」

アレクサンドリア城でのタンタラスの公演には、毎年欠かさず訪れていたマーガレット。きっとその時に知り合ったのだろうと、ガーネットは思った。

「ですが、タンタラスといえば表向きは劇団ですが、正体は盗賊。ハミルトン様も良くぞお許しになられたものですなぁ」

「……そうね」

トットの言葉に、ガーネットは少しだけ遅れて返事をした。

アレクサンドリア貴族とタンタラスの団員の結婚。それが歓迎されないことが当たり前の貴族社会。そして女王であるガーネットの恋人もまた、タンタラスの一員だった。

「や、これは、無神経なことを申し上げてしまいました」

その事実に思い至ったのか、トットが慌てて謝罪した。

トットの失言を、ガーネットは小さく微笑んで受け流すと、手元の招待状に目を落とした。

「来月…ダリ村の教会ですって」

「来月ですか。それなら出席可能でございますな」

トットの言葉に、ガーネットの表情が明るくなる。

「行ってもいいの?」

「ハミルトン伯爵からの招待ですからな。無下に断ることもできないでしょう」



女王に出席を乞う場合、事前に打診があることが通例だった。しかし今回は他の貴族達の好奇心を攫うような事情がある為、女王としてではなく一個人としてのガーネットを招待したと考えるべきであった。



そして今、ガーネットはダリ村に向かっていた。



「そろそろダリ村に到着します」

ガーネットの部屋に、ベアトリクスがやって来てそう告げた。

「同じアレクサンドリアなのに…」

「は?」

「城からダリ村は遠いわね」

「ガーネット様?」

ガーネットの呟きを、ベアトリクスが訊き返した。

「アレクサンドリアの領地は広大だわ。でも、そこに住む人に…自由は無い。広い土地の中で身分やら慣例やらに縛られている……」

「…………」

ベアトリクスはガーネットに掛けるべき言葉を探し出せなかった。

マーカスとマーガレットの結婚も、マーガレットがハミルトン家の三女であるから黙認されているのであって、家督を継ぐべき第一子であったなら周囲の反対も大きかったに違いない。王家の血筋を汲む貴族の家系に他国の民間人が加わるなど、アレクサンドリアの大貴族たちが黙って見過ごすはずが無いのだから。

そしてマーガレットは結婚後にリンドブルムの国籍を取得し、ハミルトン家からは除籍、つまり絶縁することになっていた。それがアレクサンドリア貴族社会における慣例であった。

「ガーネット様…」

「あ、ごめんなさい。忘れてちょうだいね」

弱々しく微笑んで、ガーネットはベアトリクスに言った。

「ダリ村も久し振りですもの。村長はお元気かしら」

さりげなく話題を変えて、ガーネットは椅子の背凭れに掛けてあったショールを手に取った。

季節は冬。

ダリ村の寒さも首都に劣らぬものがあった。





レッドローズから降り立ったガーネットを出迎えたのは、ダリ村の村長とハミルトン伯爵であった。

「わざわざのお運び、恐悦至極に存じます」

二人の紳士は揃ってこうべを垂れた。

「今日はお招きいただき、ありがとうございます。ですが、今日の私は女王ではなく、マーカスさんとマーガレット嬢の友人として、個人的に参ったのです。畏まる必要はありませんわ」

ガーネットは誰もが惹かれるという至上の微笑みを浮かべた。そしてその笑顔を贈られた二人の紳士は更に畏まることになったのだった。



「おう、姫さん。遠いところをわざわざ済まないな」

ガーネットに気付いたバクーが手を振りながら近付いてきた。

「こ、こら、バクー。陛下に向かってなんという態度を!」

村長が慌ててバクーを制したが、バクーは気にも留めていない。

「よろしいのですよ、村長。私とバクーさんはいつもこんな感じですし、バクーさんに畏まられてしまったら居心地が悪いわ」

「姫さんは今日は女王としての出席じゃねぇんだから。普通の客と思っていいんだよな…ヘブシュン!」

相変わらずのバクーに、ガーネットは明るく笑った。その笑顔は女王のそれではなく、一人の女性としての明るい笑顔だった。



ハミルトン伯爵と村長が席を外し、バクーと二人になったガーネットは気になっていたことを尋ねた。

「あの…、ジタンはどこですか?」

ガーネットが今日の結婚式への出席の意思を伝えて以降、当然あると思っていたジタンからの連絡は一度も無かった。

「ジタンか。ヤツはヤボ用でな」

「え?」

「式に間に合うように戻って来るって言ってたんだが…、どうしたもんか」

「そう…ですか……」

ジタンの不在に肩を落としたガーネットの背に手を当てて、バクーは村外れの建物を見遣った。

「あっちでマーガレットが待ってるよ。会ってやってくれるか?」

バクーは既に、今日から新たに仲間となるマーガレットの親としての振る舞いを見せていた。



「マーガレットさん」

花嫁の控え室のドアをノックして、ガーネットは声を掛けた。

「まあ、ガーネット様。今日はありがとうございます」

ドアが開くと同時に、マーガレットの愛らしい声が響く。

部屋に入ると、マーガレットは既に支度を終えており、すぐに人払いをしてガーネットと二人だけになった。

「ガーネット様とジタンさんのことはマーカスから聞いています。私達の結婚にもいろいろと骨を折ってくださって、いい人ですよね、ジタンさん」

仲間思いのジタンのこと。きっと障害の多いこの二人が結ばれるまで、何かと力になっていたのだろう。

「今日も、内緒ですけどシド様の命を受けてのお仕事なんだとか。一人でこなすには大変なお仕事らしいのですけど、バクーさんもマーカスも手伝えませんし、他の方にもこっちに行くように勧めて一人で出掛けられたそうです」

ジタンらしい、とガーネットは思う。仲間の結婚式に出席したい気持ちは皆同じ。だったら自分一人が仕事を引き受けてしまえば他の皆は結婚式に出席できる。

「でも、式に間に合うように戻ると言ってらしたそうですから、きっとお会いになれますわ」

マーガレットはガーネットを気遣うようにそう言った。

「私はいいのよ。今日はあなたとマーカスさんに会いに来たんですもの」

済まなそうな表情のマーガレットにガーネットは優しく微笑んで見せた。

「あ、私…、お祝いの言葉がまだでしたわ。マーガレットさん、おめでとうございます。誰もが羨むような幸せな家庭を築いてくださいね」

「はい。ありがとうございます」

頬をほんのり朱に染めて、花嫁は幸せそうに微笑んだ。

その笑顔に微笑を返してガーネットは控え室を後にした。



マーガレットの微笑みの向こう側に、ガーネットは涙を見た気がした。ガーネットの思い過ごしであろうが、手放しで幸せを噛み締めているとは到底思えない境遇にあるマーガレットなのだ。

アレクサンドリアの貴族として育った彼女は、これからの長い人生をリンドブルムの平民として生きる。無論、実家であるハミルトン家とも堂々とは行き来できない。それが貴族社会なのだ。

そのことに関し、ハミルトン伯爵はガーネットに相談を持ちかけることをしなかった。娘が貴族籍を剥奪されないようにと、その権力を振るって女王に談判することをしなかった。ガーネットの多忙なことを配慮した、伯爵らしい計らいだと思う一方申し訳ない気持ちが湧き起こる。タンタラスとも、伯爵家とも親交があったガーネットなのに、運命の恋人達の存在を全く知らなかったのだから。





式が始まり、腕を組んだハミルトン伯爵とマーガレットがバージンロードを歩く。そして花嫁の手は途中で待つマーカスに渡される。

それは単に娘を嫁がせ、夫となる男に娘を託すという儀式ではなかった。世間的には絶縁となる娘との別れを意味する儀式だった。

そんな伯爵の表情を、ガーネットは正視できなかった。逸らした視線の先では、夫と娘を見つめる伯爵夫人がその瞳から大粒の涙を溢れさせている。

喜ばしい筈の結婚式の裏に潜む辛い事実は、ガーネットの胸を鋭く抉った。



人々の複雑な思いを他所に、神父の言葉で式は滞りなく進んでいく。

誓いの言葉を述べて、指輪を交換し…。

永遠の愛を誓う口付けを交わす。

「ここに、この二人を夫婦と認めます」

神父の高らかな宣言で、二人は夫婦となった。そして、マーガレットはアレクサンドリアの国籍を失った。





式が終わり、披露宴が始まるまでの時間を、ガーネットは物見山で過ごしていた。高地にあるダリ村の、更に高い地にある広場からは、グニータス盆地を挟んでアレクサンドリア城が小さく見えている。

クリスタルの大剣が輝く城を見つめ、ガーネットは考えていた。

アレクサンドリアを支配する身分制度。国民は、それをどう思っているのだろうか、と。

貴族は貴族同士で結婚し、民間人は民間人同士で結ばれる。アレクサンドリアはそれが当然の国であった。

――マーカスとの結婚を許したハミルトン伯爵は偉大な方だわ。でも、誰が好き好んで大切な娘を他国に、それも除籍までして嫁がせたいと思うかしら…。

娘の幸せを願うからこそ、ハミルトン伯爵は決断したのだろう。だが、この国の風潮が身分というハードルをもっと低くしてくれていたら、マーガレットはハミルトン家と縁を切ることは無かったのだ。

――風潮…? 違うわ。私が変えていかなければならない、国民一人ひとりの意識だわ…。

結婚すれば、実家から籍を抜くのは当然のこと。だが、今回の除籍は絶縁を意味する。マーガレットはハミルトン家とは関わりの無い人間として生きていかねばならないのだ。

そしてガーネットの場合は…。

――貴族の娘と他国の民間人の結婚が難しいのに、私とジタンの結婚なんて無理なことなのだわ…。

自らが望む結婚の、そのあまりにも困難なことにガーネットは嘆息した。



物見山に吹き込んだ風が、ガーネットの髪をくすぐった時、ふと、ジタンの声が聞きたくなった。

『どんな障害も乗り越えて、ガーネットと一緒になってみせるさ』

ある日、ジタンはそう言った。

それが夢であっても、彼の口から紡がれた言葉であるなら信じられる。夢を現実にできると思えるのだ。

しかしジタンはここにいない。



身分を越えた結婚の実現――。困難でも遣り遂げなければ不幸になる恋人達は減らないだろう。だがその道程は、決して平坦ではない。そしてその困難さを意識した時、ガーネットの脳裏に過ぎったのは絶望に似た想いだった。

――国を変え、国民の意識を変えることが叶ったとしても、その時まで私は独身を貫けるのかしら…。

ガーネットには女王として王位継承者を育まなければならない義務があるのだ。数年後、ガーネットが望まぬ結婚をさせられていないと、誰が保証できるだろう。

「…ジタン」

愛しいその名を呟いて、ガーネットは涙を零した。

抱きしめて、一言『大丈夫だよ』と言って欲しかった。





「おねえちゃん」

その時、ガーネットの背後から懐かしい声が聞こえた。あの辛い旅の間、自らの運命に翻弄されること無く立ち向かった、小さな黒魔道士の声。

だが彼の時は止まったはずで…。

ガーネットはゆっくりと、声のした方向に振り向いた。

「おねえちゃん、これ」

そこに立っていたのは『黒魔道士の村』に住むミコトと、ビビの子供の一人だった。

彼はその手に持っていた手紙をガーネットに差し出した。

「これは…?」

ガーネットのその問いに応えたのはミコトだった。

「ビビが書き遺した手紙よ」

「え?」

「止まってしまうことを悟った彼が、徐々に利かなくなる手を必死に動かして書いた手紙」

しかしビビの時が止まってから、既に数年が経っている。

「どうして今更…、なんて言わないでね。ビビの言い付けを守っただけなのだから」

「言い付け?」

「そうよ。もし、ビビが止まってから5年経っても、あなたが兄さんと結婚していなかったら渡してくれってね」

そしてあれから5年が経っている。

ガーネットはその手紙をゆっくりと開いた。


 おねえちゃんへ

 

   ボクはボクの時間を精一杯生きることができたよ。

   それはおねえちゃんや、みんなのお陰だと思うんだ。

   でもね、一つだけ残念なのがおねえちゃんとジタンの結婚式に出られないこと。

   

   ボクは必ず生まれ変わって、今度はジタンとおねえちゃんの子供になるよ。

   だからね、おねえちゃん。

   きっとジタンと結婚してね。

   早くおねえちゃんやみんなに会いたいから、早くジタンのお嫁さんになってね。

 

     ビビ・オルニティア
 

 

手紙を読んだガーネットの瞳からは涙が溢れた。ビビの望む、そしてガーネット自身が望むジタンとの結婚の困難なことに絶望を感じていた矢先のメッセージ。

「ビビはね」

泣きつづけるガーネットにミコトが言った。

「ビビは自分の時間が止まる、その直前まで、仲間たちのことを気遣っていた。そして最後まで、懸命に手紙を書きつづけたの」

そこまで告げて、ミコトはガーネットの反応を待った。しかし彼女は相変わらず泣き続けている。

「あなたが何を悲観しているのか知らないけど、ビビは僅かだった時間を悔いなく精一杯生きたわ。あなたにはビビより長い時間があるんだもの。悲しむばかりじゃなく、彼のように諦めないことが大切なんじゃないかしら?」

それだけ言って、ミコトはビビの子供を連れて物見山を降りていった。



――諦めない…?

ミコトの言葉を聞き、ガーネットは旅の間、ダガーと名乗っていた頃を思い出した。

世間知らずの姫君が国を、そしてガイアを救う旅を成し遂げた。それは仲間の助けもあったけれど、自分自身も諦めることをしなかったから。

「諦めなければまた、望みは叶うかしら」

ビビからの手紙を胸に抱き、ガーネットは空を見上げた。

女王である自分と他国の民間人であるジタンとが結ばれるには、様々な困難が待ち受けている。でも、諦めていては何も変わらない。

『おねえちゃん、頑張って』

その時、青空の向こうでビビが微笑んでいるように思えた。





ガーネットはしっかりとした足取りで、物見山を降りていった。

マーカスとマーガレットの披露宴は、教会近くの草原でのガーデンパーティー。既に皆が集まって、ガーネットに手を振っている。そしてその中に、ガーネットは愛しい人の姿を見つけた。

――ジタン!

愛しい人の笑顔を見たガーネットの中に、どんな困難でも乗り越えられる自信が生まれた。

今日のこの披露宴の主役であるマーカスとマーガレットの為にも、不条理な慣習は取り払わねばならない。

自分の許に走ってくるジタンの姿を見つめながら、ガーネットは呟いた。

「どんな障害も乗り越えて…、ジタン、あなたと一緒になってみせるわ」

そしてそのぬくもりを分かち合う為に、ガーネットもジタンに向かって走り出していた。





        
80,000Hit、北風ぴいぷう様からのリクエストは『ED後のジタンとガーネットの恋物語にビビを絡ませて切ない話に』でした。

恋物語というより結婚問題になってしまっていますが、切ない話にするのは難しかったです。(恋物語っていうと明るいイメージがあったもので)

ずっとEDを切な系で終らせようとしていましたけど、逆にしてみました。ビビがジタンとガーネットを悲しませるようなことをするはずもないですから。でもね、この話に辿り着くまでに3作ほどの書きかけ小説ができてしまいました。かなり暗い感じの。なのでお蔵入りかと思いますが、機会があったら公開します。

切ないというより辛い感じの話になってしまいましたが、これでよろしかったでしょうか?

2003.1.2



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2010-08-20(Fri)

FF9 Sanctuary

リンドブルム領ピナックルロックス。

精霊に守護されし聖なるこの地に、一組の男女の姿があった。

金色の髪に尻尾を生やした青年と、長い黒髪を後ろで緩く束ねた色白の女性。誰もが敬遠するこの地にわざわざやってきた彼らは、水辺で静かに手を合わせると、見えない何かと言葉を交わした。

ひと月ほどその地に通い、同じように言葉を交わした彼らは、ある日そこに小さな家を建て始めた。

慣れた手つきで大工道具を操る青年は、数日の後に物語に出てくるようなかわいいログハウスを作り上げ、女性と共に住み始めた。



女性の名はガーネット、青年の名はジタン。共にガイアを救った英雄であり、ガーネットはアレクサンドリアの女王でもあった。

数ヶ月前、その女王は王統政治を廃し、自国を共和国に作り変えた。そして自らの身辺を整理すると、ジタンと共にアレクサンドリアから出国した。



「まさかガーネットが国を出るとは思わなかったよ」

ピナックルロックスに落ち着いたある日、ジタンはガーネットが入れた紅茶をすすりながら思い出したように呟いた。

緑豊かな大自然の中、柔らかな木漏れ日が二人に降り注ぐ。その日差しを眩しそうに避けながら、ガーネットは手作りのケーキを切り分けた。

「国を混乱させてしまったことは、申し訳なかったと思うのよ。だけど、アレクサンドロス王家と一部の門閥貴族だけがあの国を支配し続けていたら、今にあの国は立ち行かなくなっていたに違いないわ」

選民意識の強い貴族達と平民の貧富の差は広がるばかり。その不平等さを是正しようとする貴族はゼロに近かった。身分格差ゆえの悲劇は後を絶たなかったし、重税に耐えかねたトレノやダリの平民は団結して立ち上がろうとしていたのだ。

「確かに、ガーネットの措置は絶妙のタイミングだったと思うよ」

ジタンは以前に比べるとだいぶ上手くなった彼女のケーキを頬張った。今回のスポンジは固すぎず柔らかすぎず、ふうわりとしてジタンの好みに焼きあがっていた。

「ダリとトレノの民が結束して反乱を起こす計画があるって教えてくれたの、ジタンだったものね」

その報告が、ガーネットの決断を促した。反乱を許せば犠牲の多くは武器の乏しい平民に集中する。犠牲を最小限に抑えて鎮圧できたとしても、国は衰退を早めるだけであった。

「今頃トット先生とスタイナーのおっさんはガーネットの不在を取り繕うのに苦労してんだろうな」

その原因を作った本人は、生クリームの付いた指をペロリと舐めると徐に紅茶を飲み干した。

「悪い、ガーネット。紅茶をもう一杯、頼む」

「はいはい」

まるで子供のような態度のジタンに、ガーネットは優しく微笑む。

ピナックルロックスに来てから、ジタンは以前より我侭になった。料理の味についても遠慮なく注文をつけるし、掃除や洗濯の仕方も細かく指示する。生活の総てにおいて、女王であった彼女にはかなり厳しいと思えることを言うのだが、ガーネットは不器用ながらもどうにかその注文に応えてきた。

そしてそれらを難なくこなせるようになってきた今、ガーネットは一人の女性としての幸せを噛み締めていた。

「スタイナーやトット先生には悪いことをしてしまったわね」

「ああ。ベアトリクスにも、な」

「ええ」

シドの助けを得て、アレクサンドリアは共和国としての形をどうにか整えた。だがガーネットの名声は依然として高く、王家のハードルが低くなったことで不埒な考えを画策する輩が現れだした。

「ガーネットを誘拐しようなんて、命知らずなヤツがいたもんだよな」

共和制を取り入れたからといって、王家が無くなるわけでもない。その権限が縮小されるだけのことであり、象徴としてのアレクサンドロス家は健在だった。

そして、この機に乗じてガーネットを手中に収めようとした貴族の若者が逮捕される事件が起きたのだ。

若者は、以前ガーネットに縁談を断られた中流貴族の跡取で、誘拐の動機としてガーネットへの乱暴が目的だったことを認めた。更にスタイナーの厳しい尋問の末、手篭めにしたガーネットを操り、王統政治を復活させようと目論んでいたことも明らかになった。

『今回はジタン殿が居られたおかげで未遂で済みましたが、いつまた同様の犯罪が起きないとも限りませんなぁ…』

取調べの結果を聞かされ、トットは暗澹たる思いだった。

アレクサンドリアの空は青く澄み渡っているのに、その下に暮らす者たちの心は荒んでしまっている。国が変革を遂げようとしているのだから仕方の無いことだとも思うのだが、新しい時代を築くはずの若者がそれではこの国の前途は暗い。

トットはアレクサンドリアとガーネットの未来を思い、深い溜息をついた。

『とにかく、ガーネット陛下の身辺警護を強化するのであります!』


スタイナーはプルート隊を総動員し、城の警備を強化した。だがジタンに言わせればまだまだ甘い警備状況であり、出産の為に休暇中であるベアトリクスの不在は大きかった。



『ガーネットが誘拐されない方法が一つ、あるぜ』

不安の色を隠せないトットに、ジタンは不敵な微笑を向けた。だがジタンの言葉を素直に受け取ったトットは嬉々として飛びついたのだ。

『ジタン殿、それは本当ですかな?』

そして力強く頷いたジタンを全面的に信用したトットは、総てをジタンに一任することにした。だが――。

「それがジタンによる私の誘拐だったなんて、トット先生も驚いたでしょうね」

ガーネットは左手を口元に当て、ころころと鈴のような笑声を零した。その仕種は王家に育った彼女らしい、高貴な印象を与える。

ジタはふと気になったことをガーネットに尋ねた。

「ガーネットは、今、幸せ?」

「え?」

訊かれたガーネットは笑う仕種をそのままに黙り込んでしまった。



女王として何不自由ない暮らしを送っていたガーネットを人里離れたこの地に連れ出したのはジタン。ガーネットが何者かに誘拐され、行方不明であると公表するようにスタイナーとトットに書置きを残し、ほとぼりが冷めるまで…若しくは一生涯アレクサンドリアには戻らないとの決意を固めてこの地に赴いた。

精霊に護られたこの地であるなら、誰にも見つかる心配は無い。そして精霊たちも、ジタンとガーネットをこの地に受け入れた。

だが今になって思うのは、本当にこれでよかったのかということ。

「ガーネットを魔の手から救う為って言いながら、真実ほんとうはガーネットをオレだけのものにしたかったのかもしれない…」

ジタンはガーネットから視線を逸らすと苦しげな表情を浮かべた。訪れる静寂がジタンの胸を締め付ける。

その時、渓谷を吹き抜ける涼やかな風がジタンの頬を擽った。その風に乗って、心地よい香りがジタンを包み、そして――。

柔らかなぬくもりがジタンの口唇にふわりと重なった。

「…ガーネット…?」

そのぬくもりが離れた時、ジタンの目に映ったのは頬を朱く染めて俯くガーネットだった。

「私…、今とても幸せよ。ジタンの計画を聞かされた時は驚いたけれど、決断して良かったと思っているのよ」

「ガーネット…」



世間では行方不明者となっているガーネット。

一度行動を起こしてしまった以上、すぐにはここを出られないし、大切な人達に会うことも儘ならない。

「それでも…、私にはジタンがいるもの」

そう言って、ガーネットは本当に幸せそうな微笑を浮かべた。

――今はいい。今は、これでもいい。だけど、いつかきっと、オレはガーネットを外の世界に還す。そして今度こそ、堂々と二人で幸せを掴んでみせる。



ジタンはガーネットを抱き寄せた。

「愛してるよ、ガーネット」

「私もよ…、ジタン」

堅く抱き合う二人を、ピナックルロックスの精霊たちが温かく見守っていた。





サイトの日記に書き下ろした小説なので、正式には公開していませんでした。FF Story Database での公開から1ヶ月以上経ったので、こちらでも正式に公開します。(単に気紛れなだけですが・・・)


2003.6.2 2003.06.13公開 2003.07.20サイトでも公開



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2010-08-20(Fri)

二つの故郷-いつか帰るところ 1

「ダガーも泣きたいときは泣いていいんだぜ?いつでもオレの胸、貸してやるからさ!」

「……あ、ありがとう……ねぇジタンは?ジタンはそういう時、どうするの?」

「もちろん、ダガーの胸を借りるわけさ!」

「……もぉ!」

「あれ?だめ?」





あれは、マダイン・サリでの会話だったわ。

あの後、すぐにエーコの悲鳴が聞こえて…、結局はぐらかされて、そのままね。

ジタンったら、自分の内面を知られるのがキライだから、なかなか本心を見せてくれないのよ。

でも…、本当に泣きたい時って、男の子でもあると思うのに…。

ジタン、泣く場所があるのかしら?



執務の途中であるのに、そんなことを考えてしまうのは先ほど受け取ったエーコからの手紙の所為かもしれない。

久しぶりに届いた手紙は、ある事を告げていた。

『ガーネット、元気?なんて呑気に挨拶をしていられないのですぐに本文に移るね。

(失礼なのは解かってるから許してね)

お父さんの命令でジタンがテラの調査に行くっていうのは知ってるでしょ?

アレ、急に決まって出発が今日になっちゃったの。

だから、急いでガーネットにも知らせなくっちゃって思って。

でも、心配いらないわよ。ジタンの話だとミコトや黒魔道士の村のジェノムも手伝うことになってるから。

勿論、リンドブルムの優秀な学者や兵士も一緒よ。

ジタンは自分が帰ってくるまでガーネットに知らせるなって言ったんだけど、知らないで後で驚くより、

知ってる方がガーネットにはいいと思ったの。

エーコの独断だから、お節介だったらゴメンね。

来週のお休みにこっちに来るって言ってたでしょ?

楽しみに待ってるわね。ジタンの分も、エーコがお相手するから。

ガーネット様

   エーコより』



エーコからの手紙を丁寧に折りたたみ、ガーネットは小さな溜息をついた。

出発が早まったのは仕方の無いこと。でも心配なのは、壊滅状態にあるテラを目の当たりにした時のジタンの心情だった。あの時、暴走したクジャの力はテラを崩壊させた。崩れ落ちる世界から、ガーネット達はジェノムを連れてインビンシブルに乗り込み脱出した。以来、テラに赴いたものは誰一人としていなかった。管理者を失い、住人をも失ったテラが、かなり酷い状況にあろうことはガーネットにも想像できる。

あの旅の間は次々と起こる事件や闘いに忙殺され、深く考える余裕は誰にも無かった。しかしジタンが何年もの間捜し求めていた故郷を失った事実はガーネットにとっても衝撃的であったし、やっと探し出したその故郷はガイアの敵という立場にあって、更にジタン自身がクジャの後継者として造られたジェノムだったという事実は誰在ろう、本人が一番ショックだったに違いない。

なのに誰もが平静ではいられないような真実を知ったその感傷に浸る間もなく、戦いに明け暮れた日々だった。

しかし今、ジタンはその真実にもう一度向き合う事になるのだ。

「クジャがオレを捨てなかったら、オレがクジャの代わりにガイアを滅ぼそうとしたんだろうな…」

イーファの樹から生還を果たした後、しばらく経ってからジタンはそう言った。

驚いて、彼の表情を覗き込んだガーネットだったが、ジタンはすぐにいつもの表情に戻ってしまっていて、どんな気持ちでその言葉を紡いだのか、ガーネットには解からなかった。

――いつもそうやって、本心を見せてくれないんだから…。

ジタンがガーネットの胸を借りると言った言葉、あの時には冗談だと思って気にしていなかった。でも今は…。

――今は、あの人の泣く場所が私の胸であって欲しいと思うのに…。

そう思って、再びふっと溜息をついた。

窓から見える空の色は、何時の間にか朱に染まっていた。


翌週、ガーネットは久しぶりの休暇を愉しむべく、リンドブルムに赴いた。無論、私的な旅であるのだが、一国の女王であるが故にリンドブルム城に入城するまでの警備は厳重だった。空路を護衛する警備艇に城下町に配備された兵士達。しかしリンドブルム城は飛空艇での入城が可能なのである。護衛の警備艇は解かるとしても城下町の警備の強化はあまり意味があるとは思えない。

「意味はありますのよ」

リンドブルム城の客間で、ヒルダが言った。

「ガーネットさんがいらっしゃるとなると、エーコはあなたと城下町へ行きたがるでしょう。それが解かっているから大公は城下町の警備を強化されたのですよ」

エーコを見ると、舌を出して笑っている。やはりガーネットと共に城下へ出ようと思っているようだった。

「だって、タンタラスのみんなが遊びに来いって言ってくれたのよ。お父さんだって許可してくれたし」

ジタンの不在を取り繕う為に、エーコやシド、それにタンタラスまでが気を使ってくれているのだと、その時ガーネットは気が付いた。

「ありがとう、エーコ。明日にでも出掛けてみましょうね」

ガーネットがそう言って微笑んだのを見て、エーコも嬉しそうに頷いた。

ジタンが調査に出向いてから今日まで、既に5日が経っている。ガーネットがリンドブルムに滞在できるのは1週間。ともすればジタンの帰国を出迎える事が叶うかも知れないのだ。調査の進捗状況にもよるが、予定では1週間から十日という調査期間が設定されていた。



休暇中とはいえ、ガーネットが隣国を訪問するという情報は地方の貴族達の耳にも届いていた。一国の女王であるのに未だ独身のガーネット。それだけでも貴族達の出世欲を刺激するものであるのに、ガーネットは更に美しく才媛であるという誰もが羨む条件を備えているのだ。当然、直接間接を問わず、シドの元には遠まわしに晩餐会への招待を請う声が届いていた。

「すまんの、ガーネット。堅苦しいパーティーは開きたくなかったんじゃが…」

リンドブルムに着いたその日に開かれるという晩餐会の説明を受けたガーネットがシドに微笑んだ。

「仕方ありませんわ、伯父様。却ってご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」

全ては彼女に公式に認められた男性がいないという事が原因なのだ。しかしガーネットの心の中には唯一人の男性しかいない。身分がないから、という理由だけで公式には認められていないその思い人は、今ガーネットがいるリンドブルムの大公であるシド直属の外交官だった。

そしてその彼は、シドの勅命で組織された調査団の一員として、輝く島に赴いている。





テラへの入り口である輝く島の跡。以前の島はテラの崩壊と共にその原型を失った。磁場は乱れ、テラへの通路は確認できない。調査団はとにかく、テラへの手掛かりを求めてその場の観察を始めた。

初めの3日間、テラへの通路の観察を行なった結果、一定の間隔で磁場が規則的な活動をし、通路が開かれている可能性が高いことが解かった。しかし生きた人間が通れる保障は無く、無機物を使っての実験ではそれが原型を留めないという残念な結果に終わった。

「諦めるしかありませんな」

調査団の一員である学者が言った。しかしジタンは首を縦には振らなかった。

「もう少し、粘ってみようと思う」

そして更に2日後、テラへの通路に通した物質が無傷で戻ってくるという朗報が齎された。しかしそれが即ち人間が通れるという証でもなく、調査団でも意見が分かれた。行くべきだと言う意見と待つべきだという意見。しかし、ジタンは自分が行くと宣言した。

「無茶よ、兄さん。いくら物が通ったからって、生きた人間にどんな影響があるか解からない」

輝く島の外側に停泊している調査船の上で、輝く島の中心に近付く為の小型ボートの用意を始めたジタンにミコトがそう言って引き止めた。しかしジタンは微笑んで言ったのだ。

「故郷を無くす辛さをお前達に味わわせたくないんだ」

ジタンの言葉にミコトは驚いた。ガイアを本当の故郷だと思ってこの地で生きていく、それがジタンが常日頃ミコトに言っていた言葉だった。しかし心の中の、その最深部では故郷への想いが疼いていたのだろう。

「でも、兄さんに何かあったら…、哀しむひと女性がいるのよ」

――ガーネット…。

その瞬間、ジタンの脳裏に愛しいその女性の笑顔が浮かんだ。

「ガーネットを泣かせたくなければ、兄さんはもっと慎重に行動すべきよ」

そして更に、ミコトは言った。

「あの人が、イーファに消えた兄さんをどんな思いで待ち続けたか…。解かってるでしょ?」

それだけ言って、ミコトはジェノム達のいる船室に戻って行った。

ミコトの言葉はジタンの意志を揺るがせた。

結局ジタンはテラへの通路に飛び込むことを諦め、準備したボートを調査船から降ろさず再び船倉に仕舞った。しかし、ジタンは気付かなかった。ジタンの行動をじっと見詰める瞳の存在があったことに。


ガーネットがリンドブルムを訪れて5日が経った。

公務を忘れてエーコやバクー達と過ごす楽しい毎日。観劇に、買い物に、カーゴシップでの遊覧飛行に…。それでも時折心の隙間に吹き込む風を感じるのは、彼がいない所為だろうか。

そんなガーネットを、バクーがアジトに招待した。

「姫さん、ちょっくら来てみな」

そう言ってバクーはガーネットをアジトの2階から、更に上の小さな部屋に案内した。

「ここは…?」

そこはドアを開けた正面に大きな半円形のパネルのようなものがあり、その脇に小さな窓がひとつだけある、薄暗い部屋だった。

「ここは時計の裏さ」

「時計の裏?」

「そうさ、正確には時計の文字盤の上半分の裏ってところだ。時間がずれたら、この部屋のその窓から直すんだ」

その為の、小さな部屋。なのに、部屋の隅には場違いな品が置いてあって…。

「おお、それに気付いたか」

ガーネットの視線に気付いたバクーが言った。

「この荷物は?」

「それはジタンを拾った時、アイツが身に付けていた服や小物をしまってある箱だ」

ホコリの舞い散る部屋で、その箱だけはきれいに拭かれているらしく、繊細な彫刻を施した外観には聊かの曇りも見受けられない。

「バクーさんが掃除していらっしゃるの?」

ガーネットの問いに、バクーは笑って言った。

「オレだけじゃねぇさ。気付いたヤツがやってる。まぁ、本人がいた頃は、自分でやってたみたいだったがな」

そう言ってから、バクーはガーネットに時計の脇の小窓から外を見るように言った。ガーネットは言われたとおりに窓に向かって歩き、そして窓から顔を覗かせた。

「!」

一瞬目が眩んだのは外に見える夕日があまりにも輝いているように感じたからだった。そして目が慣れてくると、今度はその景観に驚いた。

「どうだ、いい眺めだろ?」

「ええ…、すごく、きれい…」

リンドブルム高原の、その高地にある城下町。その中でもタンタラスのアジトは高台に位置している。その為、窓からは城下町を一望出来るだけでなく、その先に広がる海、そして水平線までをも望む事ができる。

「今は夕日で朱く染まっている海だがな、昼は吸い込まれそうなほどに青く、そして夜は神秘的なあお暗蒼を湛えた表情を覗かせるんだよ」

一日見続けていても飽きないほどその海の表情は変化するのだと、バクーは役者らしい口調で説明してくれた。そしてこう付け加えた。

「ジタンは時々、ここから海を眺めてたなぁ」

その言葉を聞き、ガーネットはエーコからの手紙を読んだ時に感じた疑問を思い浮かべた。

――ジタンに、泣く場所はあるのかしら…?

漠然と、そのこたえ解答を得たような気がした時、した階下からバクーとガーネットを呼ぶシナの声が聞こえた。

「ボス、姫さん、城から迎えが来てるズラ」

急いで階下に降りると、そこには使いの者ではなく、シドが直々に訪ねて来ていた。

「大公さん、自ら御出ましとは珍しい」

バクーがおどけるように言ったのに、シドは相手にせず話し始めた。

「ガーネット、今からワシと一緒に行って欲しい場所がある」

シドの思いつめたような物言いに、ガーネットは驚いた。しかしシドは続けてこう言った。

「バクー、おまえさんにも来て貰うからの」

そして飛空艇の操縦と船の操船ができるという理由で、ブランクも同行を求められた。

「一体何があったと言うんだ、大公さん?」

しかしバクーの問いに、シドは応えなかった。

「とにかく急いでくれ」

言うが早いか、シドはガーネットの手を引いて走り出した。

「お、伯父様?」

訳が解からないまま、バクーはシナに留守を任せるとシドの後を追った。そしてブランクも自分の武器を手に取りその後に続いた。エアキャブに乗り込むと、それは出発時間を待たずに発進した。

「こんな事に権力を使うのはよくないんじゃないのかい?」

そう言ったバクーにシドは緊張した面持ちで言った。

「非常事態じゃ。許せ」

何が起きたのか解からないが、急を要する事態であることだけはその場に居た者達全てが理解した。



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2010-08-20(Fri)

二つの故郷-いつか帰るところ 2

リンドブルム巨大城。

シドの指揮の元、飛空艇の開発・改良が行なわれている大工場を有し、その内部の至る所に機械仕掛けの装置が備え付けられている巨大な城。

「お父さん、ガーネット」

リンドブルム城でエアキャブを降りると、そこにはエーコが待っていた。

「おお、エーコ。飛空艇は…、エリンはどうした?」

シドがエーコに訊くと、その利発な娘は即座に応えた。

「発進準備は整ってるわ。エリンもいつでも出発できるからって言ってたわ」

ドッグまで走っていく間に、シドとエーコが交わした言葉。それからも解かるように、エーコもこの緊急事態らしきことを把握しているようだった。

「あなた、エーコ、これを…」

ドッグで待っていたヒルダがそう言って手渡したのは彼女特製の薬だった。聖魔法を操る彼女のもう一つの才能。それは薬の精製だった。

「あなたの仰ったとおりに作りましたわ。お役に立てればよいのですけれど」

そう言って、しかしヒルダは小首を傾げて言い直した。

「いいえ、役に立たない方がよろしいですわね」

その言葉の真意を質そうとしたものの、ガーネットもバクーもブランクも、シドとエーコに急かされ飛空艇に乗り込むことを余儀なくされた。そして手を振るヒルダと言葉を交わす事も出来ぬまま、飛空艇はリンドブルムの巨大城を後にしたのだった。



「一体どういう事なんだよ?」

ブランクがエーコに訊いた。シドはエリンと共にブリッジに立っているし、バクーも黙ってその手伝いをしている。

「もしかして、ジタンに何かあったの?」

ガーネットもエーコに尋ねるしか、他に不安を払拭する手立てが無い。

「あ、あのね。まだよくわかってない事の方が多いんだけどね…」

エーコはこうなるまでの経緯を話し出した。

それによると、城下町での観光を終えてアジトに向かったガーネットと別れて城に戻っていたエーコとシドの元に、テラの調査に記録係として赴いていた文官の一人から無線通信が入ったのだという。

「で、その無線は何て言ってきたんだよ?」

ブランクが焦燥感を抑えきれずに、噛み付きそうな勢いでエーコに尋ねた。

「い、今説明するから、そんなに興奮しないでちょうだい」

そう言って、エーコは話を続けた。

「無線通信の言葉をそのとおりに言うからね」

そう前置きして、エーコはこう言った。

「『調査団は輝く島近海にて足止め状態にあり。テラへの扉は我らを拒み、本日、突発的な事故により生死不明の者、1名。怪我人3名が…』って、そこで切れたの…」

――事故…生死不明…。

ガーネットは崩れるようにその場に座り込んだ。

「ガーネット、大丈夫?」

「え、ええ…」

しかしガーネットの頬からは朱みが消え、白皙の肌は益々その白さを主張していた。

「まだその生死不明者ってのがアイツだって決まった訳じゃ無いんだから、しっかりしろよ」

ブランクがそう言ってガーネットを抱き起こした。しかし3人の心の中には同じ言葉が渦巻いている。

――危険を冒すとすれば、それはやはりジタン…。

「とにかくね、その不明者と怪我人のことを詳しく知りたいから確かめに行くって、お父さんが…」

そう言ってエーコはシドを見やった。しかしシドはバクーと何やら話し込んでいてエーコ達の方を見ようとしなかった。

「じゃあ、今この飛空艇が向かっているのは…?」

「そう、輝く島、…って言いたいんだけど飛空艇では近づけないから、一度『黒魔道士の村』に行くわ。怪我人がいるのなら、『黒魔道士の村』に運ばれるはずだし、場合によってはエーコ達も船に乗り換える必要もあるでしょうから」

エーコはこれからの行動を説明した。しかし、さらりと語った言葉の中にガーネットを更なる不安に陥れる要因が隠れていた。

――場合によって…。

それは不明者がジタンであったら、ということ。

「とにかく、ガーネットは船室で休んでて」

顔色の優れないガーネットを心配し、エーコがそう言った。

「だったら、エーコも一緒に付いててやれよ」

ブランクが言い、エーコもガーネットを一人にする不安からそれに従った。

「…無線連絡が入ったら、エーコにも教えてね」

ブランクに頼み、エーコはガーネットと船室に入っていった。



「それにしても…」

その時、バクーとシドの会話がブランクの耳に届いた。

「それにしても、大公さん。アンタも思い切った行動を取ったもんだな…ヘブシュン!」

確かにそうだ、と、ブランクも思った。

たかが臣下が行方不明だというだけで、一国の大公が自らその調査に乗り出すなど前代未聞だ。ましてや対外的には直接関係の無い隣国の女王までも同行させているのだ。

「こんなことが口うるさいアレクサンドリアの門閥貴族どもに知られでもすれば、アンタの立場はマズイことになるんじゃないのかい?」

「ふん、おまえさんまでオルベルタと同じことを言うのじゃな」

シドは不機嫌さを隠そうともせずにそう言った。それはシドが行動を起こすにあたって、オルベルタとひと悶着あったであろうと思わせる会話だった。

そもそも、国を統べる立場にある者が不確実な情報に基づいて行動する事ほど危険なことは無いのだ。そして無論、そのことが解からないシドでは無いはずだった。だが、敢えて動いたこの無謀な大公は、その性格ゆえに臣民からの人望が篤いのも事実だった。

「オルベルタの大臣さんとどうやりあったのか、話してみなよ。大公さん」

バクーに言われ、愚痴を零したい気分を抑えていたらしいシドは口を開いた。

「じゃから、おまえさんと同じことを言われたんじゃよ、バクー」

オルベルタは先ほどバクーが言った、その言葉と寸分違わぬ意味の文句を言ってのけた。しかしシドも退かなかった。

『調査団はワシの勅命で特別に組織されたのじゃ。その行動に責任を持つのはワシの、当然の責務じゃ。ましてやジタンに何かあったとなれば、ワシはガーネットに申し訳が立たん。ガーネットでっているアレクサンドリアの国政にも影響があるのは必至じゃからな』

『でしたら尚のこと、大公にはこの地にお留まり頂きたく存じます。そしてガーネット様にも内密におかれるがよろしいでしょう。輝く島での事故らしき報告の確認であれば外務尚書を以ってその任に当たらせれば良いことでございます。大公自らがお運びにならずとも…』

『ワシはヤツを買っておるのじゃ!』

オルベルタの静かな物言いとは対照的な声が彼の言葉を遮った。オルベルタの意見は正論であり、反論の余地は無い。なればそれを封じる手段は正論ではなく…。

シドは呼吸を整えると静かな口調で話し出した。

『ワシはジタンを買っておるのじゃよ、オルベルタ。ただの一部下としてではなく、この大陸の…、いや、ガイアの未来を託せる器を備えた男だと思うからこそ、その安否をこの目でしかと見届けたいのじゃ。こんなことで自身を損なうアヤツでは無いということをな』

『大公…』

シドがジタンに入れ込んでいるのはオルベルタも熟知している。悪霧に覆われたガイアの危機を救った8人の勇者達。中でもジタンの活躍はオルベルタも一目置いていた。ましてやシドはそんな彼らと行動を共にしていた時期があるのだから無理も無い。

『のう、オルベルタ。そちの申すことは正論じゃ。しかし正論だけでは人は動かせぬし国も立たぬ。それにの、時に人の思いは正論では覆せぬ大きな力を持つのじゃよ。解かってくれ…、とは言わぬ。目を瞑ってくれぬか?』

ガイアにある国々が平穏を保つ為に、まずはこの霧の大陸内に存立する三国の結束こそが重要である。だがしかし、そのいずれかが傾くような事態が起きればその均衡は崩れ、野心を持ってその覇権を狙う輩が現れるだろう。何時の世にもそういった野心家はいるものなのだ。

三国が一、リンドブルムにはシドを補佐する優秀な家臣の存在がある。片やブルメシアもまた、若輩の王を補佐するに足る充分な力量を備えた竜騎士がいる。とどのつまり、その存在自体が一番危うい国がガーネット一人の力を頼りとするアレクサンドリアなのである。それが解かり過ぎているからこそ、今、あの国を揺るがす事態を引き起こす訳にはいかなかった。

『ジタンがどうあれ、ガーネットにはアヤツの行方を知り、見守る権利があるのじゃよ。万が一の事態になったとしても、それを他人から聞かされるより自らの目で耳で真実を知ることがガーネットの為でもあるのじゃ』

『……』

オルベルタは反論しなかった。

シドの考えに共感しながらも、敢えて正論を以ってシドの行動を諌めねばならない立場の彼も、当然ジタンをはじめとする調査団の安否を気に掛けているのだ。彼にとって、シドが行くことを黙認することは初めからの予定行動であった。

オルベルタは黙ってシドに深々と頭を下げると自らの役割を成し遂げるべく、大公の私室を後にした。大公の留守を取り繕い、その代理の任を果たす為に。



「辛いところだな…」

聞き終えたバクーがそう感想を洩らした。

「大公という立場はそんなもんじゃよ」

シドが溜息混じりにそう言ったのに、バクーは「ワッハッハッハ」と、豪快に笑って言ったのだ。

「大公さんのことじゃねぇよ。大公さんと同じ気持ちでありながら、敢えて憎まれ役を演じなけりゃならんオルベルタの大臣さんのことを言ったんだよ…ヘブシュン!」

一瞬、反論しかけたシドだったが、ふっと短く嘆息するとポツリと言った。

「オルベルタは得難い人材じゃよ」と。


空は気持ちよく晴れ、飛空艇は順調に飛行を続けている。海上を飛ぶその船から見えるのは、タンタラスのアジトから見た、あの海だった。

船室の窓からその海を見下ろし、ガーネットがポツリと言った。

「ジタンだと…思う?」

「えっ?」

「生死が不明だっていう人、やっぱりジタンなのかしらね…」

嘗てジタンがガーネットと出会う以前にアジトのあの窓から見ていたという海。薄暗い小さな部屋で、彼は何を思い何を求めてこの海を見ていたのだろうか。

故郷への思慕をその胸に抱き、記憶の中の蒼い光を追い求めていたのだろうか。

だとしたら…。ジタンは無理をしてでもやっと見つけた故郷に帰ろうとするのではないだろうか。

「…ネット、ガーネットったら」

「え?」

「え、じゃないでしょ?ガーネットったらエーコに話し掛けたくせに、エーコの言葉には上の空なんだから」

「あ、ごめんなさい」

しかし謝った言葉さえも心もとないものだった。

「もう、ガーネット!不明者がジタンだなんて考えないの!イーファからだって生還したジタンが簡単に…」

そこまで言ってしまってから、エーコは慌てて自分の口をその手で塞いだ。ジタンの生死不明という事態には前例があるのだ。クジャを助ける為に暴走するイーファに飛び込んで行ったジタンはそのまま生死も解からぬまま捜索も難航し…。結果的に生還したものの、それまでの時間はガーネットにとってとてつもなく長く苦しいものだったに違いない。

「あ、あのね、ガーネット…」

必死に言葉を探したエーコだったが、聡明な彼女もこの時ばかりは紡ぐ言葉が見つからなかった。

「いいの。私の方こそごめんなさい。多分、疲れたのだと思うわ。何でも悪い方向に考えてしまうのって」

そう言って、ガーネットは再び窓から海を見つめ、ポツリと言った。

「ジタンは無事よね」

ガーネットの言葉にエーコが満面の笑みを浮かべて応えた。

「うん、絶対に大丈夫よ」

その時、窓の下に見えていた景色が海から陸地に変化していった。

「…もうすぐ、会えるのよね。ジタンに…」

――怪我をしているのなら私が治してあげる。生死が不明だと言うのなら、どんな手段を使ってでも見つけ出すわ。

ガーネットは心の中でそう叫んでいた。

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2010-08-20(Fri)

二つの故郷-いつか帰るところ 3

『あのさ、ガーネット。ちょっと話があるんだけど…』

『どうしたの、ジタン?改まって』

『うん、シドのおっさんがさ…』

『もう、ジタンったら、伯父様のこと、そんな呼び方をするのは良くないわ。あなたは今、リンドブルムの…』

『解ってるよ。ここでだけだから』

『…そうね。ジタンの口から『シド大公』なんて聞かされたら、笑ってしまうかもしれないものね』



そんな会話を交わしたのはひと月ほど前のことだった。

ガーネットの休日に合わせてジタンがアレクサンドリアを訪れ、ガーネットの私室でのんびりと過ごしていた時。

『シドのおっさんがさ、直々に調査団の結成を命じたんだ』

『調査団?何の?』

『…テラ』

『テラ…?』

『ああ。テラにはガイアの創世やテラとガイアの関わりについての手掛かりがある。それはウイユベールでオレにだけ解った言葉が示していた。おっさんはそれをもっと深く調べたいらしいんだ』

『…あなたも行くの…よね』

『ああ』



その時は準備の都合で出発の予定は未定だと言っていた。そしておおよその予定が知らされた時、出発はふた月ほど先になるとのことだった。

それが突然早まりアクシデントが発生した。

「…無線連絡、無いみたいね」

エーコがそう言ってドアの方向を見やった。そろそろ『黒魔道士の村』に着こうとしているのに、ブランクは何も言って来ない。

「輝く島の周辺は磁場が発生していて、無線は通じにくいってジタンから聞いたことがあるわ」

ガーネットがエーコに言った。

その時ガーネットはただ事実を告げただけであったのだがエーコはあることに気付いた。

――無線機なら『黒魔道士の村』にもあるのに連絡が取れないってどういうこと?本当に連絡は取れていないの?

想像するに、今現在の状況をブランクが伝えてくれないということは通じている無線から知り得た情報が残酷なものである為に言いあぐねているのか、あるいは本当に無線が繋がらない為に伝える情報が皆無であるかのどちらかであろう。しかし、敢えてガーネットを同行させている理由を考えた時、前者である可能性は格段に低くなる。であれば、後者であることは間違いない。

そこから導き出せる結論として、無線機を使える者が皆『黒魔道士の村』を留守にしているということが考えられる。

そしてそれは、生死不明とされる人物の消息が依然不明のままだということであるのだ。

けが人については、軽傷である為に調査船に残っているのか、口も利けないほどに重傷で『黒魔道士の村』にいるのかのどちらかであろう。

黒魔道士達はなぜか無線機を嫌い、その使い方を覚えようとはしなかったのだ。

「ねえ、エーコ?」

「な、何?」

できればガーネットには知られたくない事実を考えていたエーコは驚いて返事をした。しかしガーネットは何も気付いていないように言った。

「『黒魔道士の村』に行くのは久しぶりね。前に来てからもう1年が経っているのよ」

「そ、そうね。エーコは半年前に来たけど…。みんな、以前より言葉を覚えたのかしら?」

エーコがホッと胸を撫で下ろしながら言ったのに、ガーネットはエーコを驚愕させる言葉を返した。

「生死不明の人の捜索、難航しているのね」

「ど、どうして?」

「だって、無線は『黒魔道士の村』にもあるもの。連絡が取れないのはミコトもジェノムも、皆、不明者の捜索に協力しているから…でしょ?」

驚いて、エーコはガーネットの表情を覗き込んだ。しかしガーネットはいつもの豊かな表情を闇のベールで覆い隠してしまったかのように無表情だった。

「ガーネット…」

心配したエーコが話し掛けた時、船室のドアをノックする音が聞こえた。

「はい?」

振り返ってドアの方向に返事をすると、ブランクの声が返ってきた。

「着陸するぞ」

ドアを開けて顔を覗かせるかと思われたブランクは、結局その一言だけを伝え、ドアを開けることなく立ち去った。

「…ガーネット、ブリッジに行こう」

そう言って、エーコはガーネットの手を取ると船室のドアを勢いよく開けた。






『黒魔道士の村』は静かだった。

人の気配の無いその村の中を歩き、二人は真っ直ぐミコトの家に向かった。

「留守番を残していかないなんて、無用心ね」

ミコトの家にある無線機の前で、ガーネットがそう言った。緊急事態にはおよそ似つかわしくない言葉。しかしガーネットの心情が理解できるエーコは何も言わなかった。

「ねえ、ガーネット。もしかしたら宿屋に誰か留守番の人がいるかもしれないから、行ってみよう」

そう言って歩き出した二人を、バクーが少し離れた場所から見つめていた。

シドとブランクは『黒魔道士の村』に人気ひとけが無いのを確認すると再び飛空艇に乗り込み、輝く島へ向かう為の船が停泊している筈の海岸へ向かった。それは飛行中の飛空艇から『コンデヤ・パタ』のドワーフに頼んで用意させたものだった。

コンデヤ・パタの北東に位置するダイシュノーズ海岸に、ドワーフ所有の船は停泊していた。

「操船できるか?」

シドが船を見ながらブランクに確認した。そして訊かれたブランクは不敵な笑みを浮かべるとこう言った。

「オレに動かせない船はありませんよ」

シドはふっと笑うとドワーフが持っていた『船の賃借に関する契約書』にサインした。そして船に乗り込み、ブランクに操船を任せると自分はすぐに無線の周波数を調査船のそれに合わせ、交信を試みた。しかし応答は無く、やはり直接向かうしかないと判断し、ブランクに船の速度を上げるように言ったのだった。



誰もいないと思われた『黒魔道士の村』の宿屋に、店番の黒魔道士がいた。そわそわと客室の前を行ったり来たりしている。

「どうしたの?」

エーコが尋ねると、黒魔道士はホッとしたようにエーコ達の傍に歩いてきた。

「こんにちは、エーコさん。実は怪我をした人の御世話をするようミコトさんに頼まれているのですが、まだ意識が戻らないので、心配しているところなんです。…ところでこちらの方は…あ?」

黒魔道士の話を聞き終わらないうちに、ガーネットが客室に向かって走り出した。

「あ、お客様?」

「ガーネット!」

創られてから1年経っていないその黒魔道士はガーネットの顔を知らなかった。しかし話には聞いていたらしく、エーコの声を聞いて独りごちた。

「ああ、あの方がジタンさんの…、ガーネット様ですか」と。



客室のドアを開けると、黒魔道士が3人、負傷者の看病をしていた。

「ガーネットさん。あ、エーコさんも…」

ガーネットの後を追ってきたエーコも、その部屋に足を踏み入れた。

「…リンドブルムの兵士…?」

ベッドに横たわっていたのはリンドブルムの兵士2人だった。その2人を見つめ、ガーネットは呆然としていた。苦しそうな呼吸をし、全身に巻かれた包帯からは血が滲んでいる彼らの姿は、生死不明とされているその人物の生存を絶望的にするものであった。

「…もう一人、怪我人がいるって聞いてるけど…?」

兵士達の姿に驚きながらもエーコが尋ねた。すると看病をしていた黒魔道士が言った。

「その人なら軽傷だったから…」

「うん。さっきビビさんに会いに行くって言ってたけど…」

その言葉を聞いて、エーコとガーネットは心臓が高鳴るのを感じた。ビビに会いに行く…。そんなことを言う人物、それは…。

「ガーネット、何してるの?早くお墓に行って!」

重傷の兵士の傍から動こうとしないガーネットを見て、エーコがそう言った。しかしガーネットは持っていた荷物から薬草を取り出し、兵士の看病を手伝い始めている。

「ガーネット?」

彼がいるであろうビビの墓に行こうとしないガーネットに、エーコが再び呼びかけた。それでもガーネットは動かず、震える声で言った。

「その人は軽傷で、歩けるんでしょ? だったら…、この人達を治す方が先だわ」

そんなガーネットにエーコはギュっと下唇を噛むと意識して感情を抑えた声を出した。

「ガーネット、怖いの?」

「え?」

「重傷者が出て、生死不明…行方不明者まで出ているのにジタンは無事だった。そのことできっとジタンは自分を責めてる。そうでしょ?」

最後の問い掛けは傍らの黒魔道士に向けたもの。そして黒魔道士の3人は黙って頷いていた。

「自分を責めて、傷ついてるジタンに掛けてあげる言葉が見つからない、ジタンのそんな姿を見たくない…。そんなこと、思っちゃってるんでしょ? だったら、ガーネットの代わりにエーコが行く。ジタンの傍で、ジタンの支えになってくる!」

そこまで言って、エーコは深く震えた息をついた。

「いいの? その役、エーコが取っちゃってもいいの?」

「……」

しかしガーネットは凍りついたようにその場に佇み、じっと兵士達を見つめている。

そして暫しの沈黙の後、エーコが今にも泣き出しそうな、だが心の中ではとっくに泣いているであろう声で言った。

「…ダメなの、知ってるくせにね。ジタンの支えになれるのはガーネットだけだって、わかってるのにね。何でエーコじゃダメなの? 行きたくないって言ってるガーネットより、支えてあげたいって思ってるエーコの方がダメなんて…、不公平よ…」

「エーコ…」

ガーネットが振り返ると、エーコは俯いて肩を震わせている。

「…ごめんなさい、エーコ。エーコの言うとおりよ。ジタンのこと、気になるのに…、私が支えてあげたいって思うのに…、それ以上に怖かったの。傷ついているジタンを見るのが怖かったの。でも…」

そう言ってガーネットは手にしていた薬草を黒魔道士の一人に託すと言った。

「ありがとう、エーコ。行ってくるわね」

そして怪我人を気遣い足音を立てないように、それでも急いで部屋を出て行った。

そんなガーネットの後姿を見ながら、エーコが黒魔道士達に言った。

「さあ、我が国の優秀な兵士達を治療するわよ。手伝って頂戴」

それまでとは打って変わったエーコの元気な声に、3人の黒魔道士達は顔を見合わせた。



ガーネットはビビの眠る丘を目指して走っていた。

――ジタンの泣く場所は私の胸であって欲しいって、思ったのに…。あの人が傷つく事があれば、私が癒してあげたいと思っていたのに…。

あの過酷な旅が終わり、女王という孤立無援の地位を甘受せざるを得なかったガーネット。しかし旅の間は常に独りで…、仲間がいても、常に独りで全てを成し遂げようと虚勢を張っていた彼女が今ではジタンという最も頼れる男性の存在を得た。同時に心の底から信頼できる臣下、スタイナーやベアトリクス達に囲まれ、知らず知らずのうちに守られるだけの王女の頃の自分に、その気持ちが戻りつつあった。まして、イーファより生還してから今まで、ジタンがガーネットに弱く傷ついたところを見せたことは無かったのだから。

――守られるだけじゃない。誰かを守ってあげる強さを、私は身に付けたと思っていたのに…。一番強がっていて、そのくせ人一倍弱さを秘めているジタンを、私は守ってあげたいと思っていたのに…。

あれは正にテラでのこと。真実を知らされ、己を見失っていたジタンを仲間達は助けた。勿論、ガーネットも。

――あなたは独りじゃない。今は別々の路を歩む彼らだけど…、私はあなたの傍にいる…。

人気の無い村の中を走りながら、ガーネットの頬を伝い落ちる涙は風に乗って、キラキラと光りながら舞い落ちていた。


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2010-08-20(Fri)

二つの故郷-いつか帰るところ 4

黒魔道士は、その時間ときが止まると村外れの丘の土に還る。



ミコトがガーネットに願い出て、ダリの地下工場を視察してから黒魔道士達は再び生まれている。黒魔道士の村の、ミコトだけが知っているその場所で、寿命も長くなった黒魔道士が年に10体までという決まりで生み出されていた。

それでも彼らは人やジェノムほど長くは動けず、止まればビビ達と同じあの丘に眠るのだ。



ガーネットは墓の前で、見慣れた男性の後ろ姿を見つけた。しかしその姿は小さく暗く、やはりいつもの彼ではない。

「――ジタン…」

消え入りそうな声でその名を呼ぶ。しかしその人物は振り返ることをせずに、ただじっと墓標に掛けられた尖がり帽子を見つめている。

ガーネットはゆっくりと、その後ろ姿の人物に近付き…、そしてその横に並ぶようにして立ち止まった。二人の距離は近いのに、ただ聞こえるのは墓標をくすぐる風に揺れる尖がり帽子の囁きだけ。

その時尖がり帽子の囁きが懐かしい声になった。

――ジタン…、おねえちゃん…。

嬉しそうな黒魔道士の声が、確かに二人の胸に響いていた。

その声に促されるように、ジタンがポツリと呟いた。

「…自分が情けないよ」

「ジタン?」

「オレがもっとしっかりしていれば…、あの事故は防げたんだ」

ガーネットが想像しエーコが指摘したように、やはりジタンは傷つき、自らを責めていた。

「…何があったのか、話してくれる?」

ガーネットに促され、ジタンは話し始めた。

「テラへの通路はすごく不安定で、人が無事に通り抜けられる保障はなかったんだ」

しかし一縷の望みに賭けて、ジタンは自らが飛び込むことを決断した。しかしその準備をしているところをミコトに説得されて、結局断念したのだ。

「オレとミコトの会話を、アイツは聞いてたんだよな」

「アイツって…?」

「ジェノムの一人で、最近すごく会話が上達していたヤツ。ミコトが名前を付けようとしたら、アイツ、『物知りだった288号さんの名前がいい』なんて言ってさ、結局、288号って呼ばれてた」

墓所の上空うえの、遥か遠くの空間を見つめ、ジタンはそう言った。

ガイアの言葉を理解してきたジェノム達は、ガイアの人々の感情にも興味を持ち始めていた。ガイアの生活に慣れ親しみ、いつかは『黒魔道士の村』を出て、世界を見て回りたい、と。

「あいつらは…、ジェノムは人の言葉、気持ちを理解しようと努力していた。そんなジェノムの一人、288号が…、オレがテラへの通路に飛び込もうとしていたのを見ていたんだ。オレとミコトの会話を聞いて、オレとミコトの想いに共感して…」

ミコトが船室へと去り、ジタンもまたボートを船倉にしまうと会議室として使われている別の船室に向かった。人気の無くなった後甲板で、288号はジタンがしていたようにボートを用意し、そして静かに海に浮かべた。夕闇に包まれようとしていた海は、その人影を隠すかのように暗さを増していった。

しかし何気なく外に出たジタンが海上に蠢く何かを見つけた。

――まさか…。

船倉に駆け込み、ボートの一艘がなくなっている事に気付いたジタンは誰かが輝く島に向かったのだと直感した。そして残っていたボートを運び出すとすぐにその「誰か」の後を追った。更に、ジタンを護衛するべく2名のリンドブルム兵も追いかけた。だが…。

「間に合わなかったんだ。アイツ…、船ごと…、空に吸い込まれて…」

ジタンは自分もその空間に飛び込んだ。しかし既に空間は閉じ、空を切ったジタンの身体はそのまま冷たい海に放り出された。その状況に驚いたリンドブルム兵も慌てて海に飛び込んだ。しかし暗黒の海には至る所に氷山が乱立しており、運の悪い事に彼らはその氷山の一つに叩き付けられ重傷を負ってしまった。ジタンは持ち前の反射神経とタンタラスで鍛えられた身軽さとで、大怪我をせずに済んだのだった。

「何もかも、オレの所為だ。オレがあの時決行していれば…」

輝く島の跡にある筈のテラへの通路。そこはいつもボゥっと薄暗く光っていて、その光で空に吸い上げられていく288号の姿がはっきりと見えた。それが彼の姿を見た最後だった。

ガーネットは思わずジタンの腕に自分のそれを絡めた。そして腕に伝わるその感触に驚いて視線を移すと、ジタンの腕には素肌が見えないほど、包帯がグルグルに巻かれていた。

「ジタン…。あなたの怪我は?」

心配そうなガーネットの表情に気付いたジタンは漸く微笑んで言った。

「大丈夫だよ。軽い凍傷と擦り傷だけだから」

しかしジタンの傷は身体よりその心の方がはるかに深い。それがガーネットにも痛いほど伝わってくる。

ガーネットはジタンに掛ける言葉を必死で探した。しかし何も言えないままに時間は過ぎていった。そして気まずいその沈黙を破ったのは太く低い声だった。

「よお、ジタン」

「…ボス?」

そこにはガーネットとエーコを見守っていたバクーが立っていた。

「おまえさんに報せるべきかどうか、流石のオレ様も迷っちまったけど…ヘブシュン! やっぱり知らせとく」

「どうしたんだよ、ボス?」

「…ミコトの家の無線機に連絡が入った。調査船も大公さんの船も既にこっちに向かっているってよ」

バクーの言葉に、ジタンもガーネットもその背筋が凍りつきそうなほどに冷たい衝撃を感じた。

「…まさか、それって…」

「ああ。行方不明のジェノムの捜索は打ち切られたらしい…」

その言葉を聞いて、ジタンはその場に座り込んでしまった。

「ジタン…」

ガーネットも跪いて今にも倒れそうなジタンを支えようとした。

「それからな…」

バクーは申し訳無さそうに付け加えた。

「大公さんも確認したらしいが…、テラへの入り口はもう、開きそうに無いと…、そう言っとったよ」

その瞬間、地面に着いていたジタンの掌が固く握られた。爪には土が食い込み、擦れた指からは血が滲んでいる。

「ジタン、血が…」

しかしジタンの拳は更に固く握られ、その全身は小さく震えていた。

そんなジタンの様子を確認しつつも、バクーはそれだけ言うと踵を返した。しかし、次の瞬間、バクーはジタンの元に駆けつけることになったのだ。

「ジタン!ジタン、しっかりして!」

「ジタン!」

ガーネットの叫び声とバクーの声が重なった。地面に倒れ込んだジタンの顔面は蒼白で、身体はピクリとも動かなかった。

自らを責めながら、ジェノムの帰還を待ち続けていたジタンの精神は限界だった。なのに恐れていた事実を同時に二つも知らされ、ついに彼自身を保っていられない状況にまで追い詰められてしまったのだった。

いつも飄々として気丈に振舞うジタンが、イーファより生還して以降初めて見せた弱さだったのかもしれない。






ジタンは柔らかなベッドに横たわり、静かに眠っていた。しかしそこは『黒魔道士の村』ではなく、リンドブルムの客室だった。ジタンに与えられた外務省の官舎より客室の方が看病しやすいだろうというシドとヒルダの心遣いだった。

眠るジタンの傍らに座り、ガーネットは先ほどシドから手渡された薬瓶を見つめていた。それはリンドブルムを発つ時にヒルダがシドに渡したあの薬だった。

『忘却の雫』

それがその薬の名前だった。

ジタンに万一のことがあった時、ガーネットに与えるようにと作られたはずの薬。飲めばたちどころに悲しみを忘れ去らせてくれるという魔法の薬だった。

その薬を、シドはガーネットに託した。ジタンにとって辛い事実…、ジェノムの捜索が打ち切られたこととテラへの通路が閉ざされたことを忘れさせる為に使うようにと。しかしガーネットはその薬をジタンに対して使うべきかどうか悩んでいた。

――もし、ジタンの生存が絶望的だったとき、自分はこの薬を飲んだだろうか…?

そう考えて、ガーネットはその薬瓶をベッドの脇の小引出しに仕舞った。

――辛くても、私はきっと飲まなかったでしょう。悲しみに暮れることより、ジタンと過ごした日々を忘れてしまう事の方が何倍も、何百倍も辛いでしょうから…。

その時、部屋の外からエーコが声を掛けた。

「ガーネット、お父さんが呼んでるの」

ガーネットは一瞬躊躇ったものの、ジタンの寝顔を確認すると客室を出て行った。



シドがガーネットを呼んだのは、やはりあの薬のことだった。

「飲ませたのか?」

シドに訊かれ、ガーネットは静かに首を横に振る。シドはふっと短い溜息をついたあとにこう言った。

「ジタンは強がっているが、そういう人間ほどその内面に脆さを抱えているものじゃ。薬を飲ませなんだこと、後悔するようなことにならなければよいがの」

それだけ言って、シドは執務に戻って行った。

そして入れ替わるようにやってきたヒルダが、看病で疲れているであろうガーネットを労う為にお茶の用意をしてくれた。

「客間のドアは見張りの兵士が立っていますし室内には女官も付けましたから、もしジタンさんが目覚めたらすぐに報せてくれますよ」

ガーネット自身、ジタンの看病と彼が受けた心の傷をおもんばかるあまり、少なからぬ精神的疲労を感じていた。

「ありがとうございます、ヒルダ様」

そう言ってガーネットは居間から続くサンルームのテーブルについた。

シドが作らせたという安らかな調べを奏でるオルゴールの音色を楽しみながら、ヒルダと他愛ない会話を交わす。ただそれだけのことで、ガーネットの心は癒されていった。そんなヒルダの心遣いが嬉しく、つい予定より長く客間を離れてしまっていた。

「そろそろ戻らなくては…」

ジタンの元に戻ろうと、ガーネットが席を立とうとした時、リンドブルム兵の一人が息せき切って走って来た。

「申し訳ありません、ヒルダ様、ガーネット様」

そう前置きして兵士が語ったのはジタンの不詳だった。

「どういうことですか?」

ヒルダも思わず声を荒げて詰問する。しかしガーネットは兵士の話を聞くより前に居間を飛び出し、客間へと急いだ。

「ガーネット様。申し訳ありません」

客間の前で、もう一人の見張りの兵士と、室内でジタンの様子を見守っていた女官が深々と頭を下げた。

だが、ガーネットは何も応えず、とにかくベッドに走り寄った。まだ温もりの残るシーツに手を充てた時、女官が経緯を説明し始めた。

「ジタン様が目覚められて、砂糖水をお飲みになりたいと仰られて…」

調理室に砂糖を貰いに行くことを見張りの兵士に告げ、女官は部屋を離れた。その報を受けて兵士の一人がジタンの目覚めた事をガーネット達に報せに行こうとした時、部屋の中で微かな物音が聞こえた。

「声をお掛けしましたが返事がありませんでしたので、失礼を承知で入室しましたところジタン様のお姿が見えなかったのであります」

ガーネットは急いで窓に走り寄り、外を見下ろした。しかしそこにもジタンの姿は無い。いくら怪我をしていたと言ってもジタンの怪我は軽い凍傷で、精神的な打撃から寝込んでいたもののその体力は衰えていなかったのだ。

「どうしましょう? 寝込んでいるから体力も弱っているものと思い込んでいましたわ」

後から駆けつけてきたヒルダもそう言って窓の外を見下ろした。

「…ジタンさんやタンタラスの方々には簡単に昇り降りできる高さですものね」

ヒルダが溜息混じりにそう言った時、ガーネットが急に走り出した。

「ガーネットさん?」

驚いたヒルダが声を掛けたが、ガーネットは客間を飛び出し階段を駆け下りると城の外に出た。そしてそのままエアキャブ乗り場へ行くと、発進寸前のエアキャブに飛び乗ってしまった。

「ガーネット!?」

走って行くガーネットに気付いてドッグから後を追ってきたエーコの目前で、無情にもエアキャブは発進した。

「ガーネット。一人でどこに行く気なのよ!?」

叫ぶエーコの声はエアキャブの発進音に掻き消され、ガーネットには届かなかった。暫くの間走り去るエアキャブを見つめていたエーコは、その行き先を確認すると急いで執務中のシドの部屋に向かった。



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2010-08-20(Fri)

二つの故郷-いつか帰るところ 5

リンドブルム国内の主要都市を結ぶ乗り物。それがエアキャブである。

リンドブルムの巨大城を起点に、工場区、商業区、劇場街を結ぶ機械の乗り物。リンドブルムとアレクサンドリアの国境を跨ぐ鉄馬車「ベルクメア」がつい最近まで霧機関であったのに対し、このエアキャブは発足当初からその動力源を自家発電としていた。しかし技術の進歩にその改良が追いつかず、エアキャブの出す騒音はかなりのものがあった。



エアキャブの動力が起こしている不快なはずの騒音も、この時のガーネットには気にならなかった。

――今のジタンが行くところ…。それはきっと、あの場所。

他に乗客のいないその乗り物の中で、ガーネットはそう呟いた。

ガーネットが乗っているエアキャブがホームに滑り込み、排気の大きな音と共に扉が開いた。エアキャブを降り、地上へと続く長い階段を一気に駆け上がると、駅前の広場でエサを啄ばんでいた鳩が一斉に飛び立った。鳩にエサを与える事を愉しみにしている老婆に睨まれながら、ガーネットはその老婆の前を走り抜け目指す場所へと急いだ。いつもなら、丁寧にお辞儀をして老婆に詫びたであろうガーネットも、この時ばかりは目的地に急ぐ事だけに気を取られていた。

階段を駆け下り石畳の道を走ると、大きな時計が目印の自称「ラッキーカラー商会」の建物がある。それがガーネットの目指す場所だった。



本来なら誰もいない筈のその建物の前に立ち、ガーネットは呼吸を整えると大きな扉をそっと押した。

――開いている…。

そこはタンタラスのアジト。ガーネット達と共にリンドブルムに帰国したバクーとブランクは、仲間達と公演の予定地へ出かけてしまい留守だった。あるじ不在のこの建物の扉の鍵を持つタンタラス以外の者といえば、それはジタンだけ。

ガーネットはなるべく音を立てないように、2階へ、そして更にその上の小部屋へと歩いて行った。以前、バクーに案内されたその小部屋の戸は少しだけ開いていて、その隙間から見えるのは男性のものらしい足。力無く、床に投げ出されたその足が身に付けている靴には見覚えがあった。

ガーネットは小部屋の戸をゆっくりと開いた。

ジタンが拾われた時に身に付けていた服や装飾品を入れた箱。その箱に寄りかかり、足を投げ出した格好でジタンは、いた。

「心配したのよ…」

ガーネットが声を掛けると、ジタンはゆっくりとガーネットの方に振り向いた。

しかしいつもの生気は微塵も見られず、その瞳の輝きは失われていた。そして虚ろな視線はガーネットを通り過ぎ、すぐに元の空間に戻ってしまった。

ガーネットは何も言わずにジタンの横に座った。その床下からは時計を動かす為の機械の音が絶え間なく響いている。

ただ黙って、規則的なその音を聞いているとジタンが口を開いた。

「バクーに拾われて…」

「え?」

「オレ、ガイアの種族の…今までに知られているどの種族でもないからって、好奇の目で見られたり、いじめられたりしたんだぜ」

突然、子供の頃の話を始めたジタンにガーネットは戸惑った。だが、同時に嬉しくもあった。ジタンが自らの事を話すのは珍しいことだったから。

「いつだったか、ケンカしてボロボロになって帰ってきたオレに、ボスはこの部屋を見せてくれた。暗くてホコリだらけで時計の機械音がうるさくて…」

そこまで言って、ジタンはその部屋の小窓を見つめた。それは美しい海を一望できるあの小窓。

「でもあの窓からの景色を見せられた時、オレの胸がドキっとして…それから胸の中が熱くなって…、涙が出た。ボスのヤツ、窓から見える海の美しさをキザったらしい台詞回しで語ったあと、この景色が自分の手柄みたいに『どうだ、すごいだろ』って言ったんだ」

以前、ガーネットもバクーから同じセリフを聞いていた。目が眩みそうなほど美しい景観に、ガーネットもその胸を熱くしたことを思い出す。

「その時、いじめられていじけてる自分がバカらしくなったんだ。オレはオレ…って思えるようになった。それから、涙でこの景色が見えないのが悔しいって思った。涙は見えるはずのものをぼかして歪めてしまうものだって、思った」

そこまで言って、ジタンは深い溜息をついた。そして再び俯くと、また黙り込んでしまった。



傾いた陽光が部屋の隅をオレンジ色に照らした時、ジタンが再び口を開いた。

「…ごめん……」

「えっ?」

「オレ、テラに帰りたかったんだ」

ジタンからの予期せぬ言葉にガーネットは驚いた。

「どういう…意味…?」

あまりの衝撃に、ガーネットの頭の中は真っ白になってしまう。しかしそんなガーネットに気遣う様子もなく、ジタンは話を続けた。

「オレの故郷はテラだ。もう、10年以上前の、あの蒼い光の記憶が…、オレの中から消えてくれない」

ガーネットはジタンの言葉を聞きながら、不安を感じていた。ジタンは何を言おうとしているのか。ガイアから…、ガーネットの前から消えてしまうことさえ、望んでいるのか…と。

「あの戦いの中でテラに行った時、オレはガーランドから突き付けられた真実に戸惑う余りに己を見失った」

それはジタンが独りで行動し、洗脳室でビビとエーコに見つけられるまでの間に起こった「何か」のことを言っているようだった。ジタンはあの時のことをガーネットにさえ、詳しく話していなかった。

「あの時…、感じた。みんなに助けられて、今まで忘れていたけど…、確かに感じたんだ」

「感じたって…、何を?」

「オレの中にある、ガイアを滅ぼす使命感ってヤツ…」

洗脳室で、ガイアの人々を害するクジャを阻止しようとする強い想いと、自分がクジャの代わりにガイアを滅ぼそうとしている幻想とが繰り返しジタンの頭の中でぶつかった。そして次第に後者の力が大きくなり、自分が守りたいと思い守ろうとしたガイアの、本当の敵は自分であったという衝撃に、ジタンは何も考えられなくなっていった。

しかし、それこそがガーランドの狙いであった。ジタンの洗脳に対抗する意志の強さに、ガーランドはジタンをただの器にしてしまうのが惜しくなった。そして空虚になったジタンの心に本来の使命…ガイアをテラの民の為に一掃する使命を植え付けることにした。自分ではどうすることもできない本能の領域である深層心理に、ガーランドは残酷な使命を植え付けたのだ。

「ビビとエーコに声を掛けられて、みんなに助けられて…、本当に最近まで忘れていたんだ。でも…、シドのおっさんにテラの調査を命じられた時に、胸のあたりにもやもやとしたイヤな感じを覚えたんだ。それから…、気が付くとあの蒼い光を探している自分がいたんだ」

「…それで…、テラに帰りたいって思ったの?」

ガーネットのその問いに、ジタンは少し困ったような顔をした。

「帰りたいっていうより…、帰らなくちゃいけないって、思った」

「帰らなくちゃ…いけない…?」

「うん。帰って、あの蒼い光と向き合わないと…、オレ自身が前に進めないっていうか、成長できないって感じてさ」

蒼い光を見つめ、自身の中に残るガイアを滅ぼしたいと望む気持ちを打ち消したい…、そう思っていた。そしてもし、その恐ろしい想いが消せなかった時は…。ジタンはそこまで考え、思いつめていた。それは今回の調査が決まってから、ずっと。

「でも、それはもう、いいんだ」

スッキリした表情でジタンが言った。

「もう、いい…?」

「ああ。オレは蒼い光と向き合わなくても、ガイアを滅ぼしたいっていう感情を忘れられるって、気が付いたから」

ジタンの言葉にガーネットが不思議そうな表情を見せた。そんなガーネットに、ジタンは優しく微笑んで言った。

「ミコトにさ、言われたんだ。オレに何かあったら哀しむ女性ひとがいるって。イーファから生還するまで、その女性がどんな思いをしたか、解かっているだろうってさ」

「ミコトが…?」

「うん。そう言われて、ガーネットのことを想ったら…、あのもやもやした感じが消えていったんだ。ガーネットを…、ガーネットがいるこの星を守りたいって、心の底からそう思えて…」

しかし、そこまで言った時、ジタンの表情が俄かに曇った。

「ジタン?」

「…そんなオレの弱さの犠牲になったんだよな…」

「ジェノムのこと?」

「ああ。オレがミコトに、不用意に調査の助手を頼んだから、たまたま傍にいたアイツも同調して…」

そして調査の話を聞いた他のジェノムも何人かが同行することになった。

「テラに行かれる保障も無いのに、オレは無責任にもアイツらを連れ出して…。きっと心のどこかで期待していたんだと思う。アイツらと一緒にテラに行けば、ガイアを滅ぼしたいっていう感情に支配されてしまいそうなオレを救う手段を見つけてくれる…って」

次々と想いの内を語るジタンを見つめ、ガーネットは思った。

――この人の中で、ガーランドに植え付けられてしまった苦しいまでの想いは消えていないのではないだろうか…と。

ガーネットを安心させる為に、ガーネットを守りたいという思いが自分の中の苦しい欲望を忘れさせた、と、ジタンは言ったのではないだろうか。そして真実は、今もその苦しい使命感と戦い続けているのではないだろうか。だからこそ、今回の調査での事故の全てを自分の所為にし、自身を責め続けることによって恐ろしい欲望を封印しようともがいているのではないだろうか。

事故を防げなかったのはジタンだけの所為では無い。調査船に乗り込んでいた全ての者にその責任はあるのだし、調査団を結成したシドにだってその責任はあるのだ。



「…ジタン、自分の気持ちを…無理に整理しなくていいのよ。人は矛盾だらけの生き物なの。誰もが自分の中にいろいろな感情を持っているわ。今言ったことと、まるで正反対の事を次の瞬間には思い浮かべていたり…。でもそれが人なの。完璧な人なんて、いないのよ」

ジタンは驚いたような表情をして、ガーネットを見つめた。

「…もし、あなたがガイアを滅ぼしてしまいたいっていう気持ちを捨てられないで苦しんでいるのなら…、その苦しみを私に分けて。あなた独りで苦しまないで」

「分けるって…」

「私に話してくれるだけでもいいの。あなたの苦しい気持ちを、私が知っていてあげる。どうしてもテラの蒼い光が必要なら、今度は私も一緒に行くわ。あなたの苦しみも哀しみも、私が半分貰うの。ね、ジタン?」

そう言って、ガーネットはその白くしなやかな腕をジタンの頭に回した。優しく引き寄せ、ジタンの頭を自分の胸に抱きとめた。

母親が傷ついた我が子にするように…、ただ黙って、暫くの間、そうしていた。



ガーネットは思った。ジタンがテラに帰りたかったのは、泣き場所を求めての事だったのではないだろうか、と。

人は誰でも辛い事、悲しい事から逃れる手段の一つとして涙を流す。負の感情が涙と共に体内から浄化される事を本能のうちに知っているから。

バクーにこの部屋を見せてもらった時、ガーネットはジタンの泣く場所がこの部屋なのだろうと思っていた。しかし、今はそれが間違いであったと断言できる。この部屋で、ジタンは『泣く事は真実を歪めてしまうもの』だと思ってしまったのだ。故にジタンの泣く場所はこの地には存在しなかったのだ。この部屋からの美しい景色を見て以来、涙を悪しきものと捉え、泣きたい感情を自分の胸に仕舞い込み抑え続けてきたのだろうから。

だからこそ、抽象的な記憶の中の蒼い光をジタンは求めたのだ。これ以上歪む事の無い蒼い記憶の故郷、それはジタンが心から泣く事ができるふるさと、心の中の最後の支えだったのだ。



ガイアを…愛しい人たちをその手で滅ぼしてしまうかもしれないという恐怖に追い詰められた時、ジタンは、漸く泣き場所を求めたのだ。心の底から泣ける故郷に、帰りたいと望んだのだ。

そして更に、ジェノムの死とテラへの通路が閉ざされた事。

この二つの事実を突きつけられ、精神的な限界を覚えた自己防衛の本能がジタンの素直な感情を、たった一人、心を許せるガーネットに曝け出す事を命じたのだ。



ジタンはその内面を知られる事を極端に嫌う。それは自分が捨てられた子だという引け目を他人に悟られたくないからだと思っていた。確かにそれもあるだろう。でも本当は、全て曝け出せる「泣き場所」を捜し求めている自分を、誰にも知られたくなかったからなのかもしれない。

――ジタンに訊いても、きっと応えてはくれないわね。ううん、きっとジタン本人も気付いていないのでしょうから、訊いたりしたら、せっかく開きかけた心をまた閉ざしてしまうかもしれない…。






いつの間にかジタンは眠っていた。

安らぎを得た子供がその心を解放したかのように、気持ち良さそうな寝息が聞こえている。

――あら、これを誰かに見られたら大変だわ。

ふと気が付いて、ガーネットはハンカチを取り出すとジタンの頬を伝う涙をそっと拭った。

外は日暮れて、いつのまにかこの部屋にも闇が忍び込んでいた。

今ごろ、リンドブルム城では皆が必死になってジタンとガーネットを探しているだろう。

――朝になったら戻りますから。それまで、心配なさらないでね、伯父様…。

ガーネットは心の中でそう呟いた。

しかし、シドはエーコからガーネットが劇場街行きのエアキャブに乗った事を聞き、行き先を悟っていた。そして心配するエーコに言ったのだ。

「明日の朝には戻るじゃろう。心配なら、二人に気付かれぬようにアジトに行ってみるがよい。ただし、絶対に邪魔をしてはいかんぞ」

シドの言葉に、エーコは微笑んだ。

「お父さんの言う事を信じるよ。エーコもお城で二人の帰りを待ってみるね」



そんなやりとりを知るはずもなく、ジタンは夢の中にいた。

遥か彼方の蒼い光を求めて走って行くジタン。しかし近付こうとすればするほどに、その光は遠のいていく。そしてその光が小さくなって、消えてしまうと恐怖した瞬間、光は暖かな熱となってジタンを覆った。

何もかも、心の中の不安の全てが融けていく優しいぬくもりを感じ、ジタンは思った。

――ああ、これがオレの捜し求めていた故郷…いつか帰るところなんだ…と。

ガーネットの優しいぬくもりに包まれて、ジタンは生まれて初めて安らぎというものを知った。自らの涙と共に頑なな心を解放し、心地良い居場所…ふるさとを見つけた。

蒼い記憶の故郷はテラだった。しかし、ジタンが本当に捜し求めていた記憶の中の故郷は、こんなにも近くにあったのだ。



あどけない表情で眠るジタンを見つめ、ガーネットも至福の時を感じていた。ジタンに守られてばかりの自分が、ジタンに安らぎを与えられるのだと知った、そのことが嬉しかった。

テラとガイア。

二つの故郷の狭間で苦しんでいたジタンの本当の故郷。それは愛しい人の胸だった。漸くそのことに気付き、それと同時にジタンは安らぎを得たのだ。

――二つの故郷…。

そう呟いて、ガーネットはふと思った。

――私にも、故郷は二つあるのだわ…。

そして眠るジタンにそっと囁いた。

「今度の休暇の時には私のもう一つの故郷に、一緒に行ってちょうだいね」




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